従業員の未来を見通す「生涯賃金」とは?
はじめに:なぜ今「生涯賃金」に注目するべきか
かつては「終身雇用」「年功序列」といった雇用慣行が当たり前でした。その中で、「生涯賃金」は就職先選びや人材確保において極めて重要な指標とされてきました。ところが、近年の働き方改革、副業解禁、ジョブ型雇用の台頭などにより、働き方は多様化しています。
では、それでもなお「生涯賃金」が注目されるのはなぜでしょうか?
答えは明確です。「人材確保・定着」「賃金戦略の立案」「企業価値の向上」といった点で、生涯賃金の理解は中小企業経営に不可欠だからです。
生涯賃金とは何か?基本の定義と算出方法
生涯賃金の定義
生涯賃金とは、労働者が学校を卒業してから定年退職までの間に受け取るすべての賃金の総額を指します。具体的には、以下を含みます。
- 基本給
- 賞与(ボーナス)
- 各種手当(通勤手当・住宅手当など)
- 残業代
- 退職金(含まない集計方法もあり)
生涯賃金の平均値(参考データ)
厚生労働省や民間の調査会社が定期的に公表しているデータによれば、平均的な生涯賃金は以下の通りです(モデルケース・賞与含む・退職金除く):
学歴・性別 | 生涯賃金(推定値) |
---|---|
大卒男子 | 約2億9000万円 |
高卒男子 | 約2億2000万円 |
大卒女子 | 約2億4000万円 |
高卒女子 | 約1億8000万円 |
※企業規模(大企業か中小企業か)、業種、地域、職種によって大きく異なります。
生涯賃金の重要性 ~中小企業が知っておくべき理由~
採用時の魅力訴求に有効
従業員にとっては「今の給与」だけでなく「将来にわたる賃金の見通し」も重要です。大企業と比較して待遇面で劣る場合でも、福利厚生・教育投資・定着率の高さなどを加味した生涯賃金モデルを提示することで、企業の魅力を高めることができます。
賃金制度設計・昇給計画の指標になる
生涯賃金のモデルを社内で構築することで、「○年目で年収いくら」「退職までにどのくらい支払うか」が明確になり、次のような効果があります。
- 将来の人件費見通しが立てやすくなる
- 適正な昇給カーブを描ける
- 賃金原資の配分計画に役立つ
従業員の定着率・満足度向上にも寄与
「この会社にいれば、将来どれくらいの収入が見込めるか」という視点は、従業員にとって安心材料となります。将来の見通しを“見える化”することが、離職防止の強力な手段となるのです。
終身雇用の崩壊と生涯賃金モデルの限界
多様化する働き方と「平均モデル」の形骸化
正社員・非正規社員・副業・フリーランス・ジョブ型雇用といった多様な働き方が広がる中で、従来型の「一括採用→定年退職」モデルは少数派になりつつあります。このため、生涯賃金の平均値だけを指標とすることには限界があります。
男女差・キャリアの中断要因
育児や介護などでキャリアを中断せざるを得ない人もおり、実際の生涯賃金には個人差が生じます。企業としては、多様なライフコースに対応した柔軟な賃金モデルが求められます。
中小企業における生涯賃金モデルの活用実務
独自の賃金カーブを設定する
以下のようなステップで、自社の実態に即した生涯賃金モデルを作成できます:
- 職種別の年齢・在籍年数別平均賃金を集計
- 賞与・退職金の支給実績を反映
- モデル従業員の賃金推移を可視化(エクセル等でグラフ化)
- 他社平均との比較・目標設定
賃金と生産性のバランスを考慮
単に賃金を高めるだけでなく、生産性の向上や評価制度の整備とセットで考えることが重要です。生涯賃金の「総額」を増やしながらも、業績と連動する形にしていくと、企業と従業員双方にメリットがあります。
生涯賃金を見据えた経営戦略 ~持続可能な人事制度構築~
ジョブ型雇用への対応
成果や職務内容に基づいて報酬を設定する「ジョブ型雇用」では、年功的な生涯賃金モデルは馴染みにくくなります。その場合でも、職務経験・スキルの蓄積に応じて昇給設計するなど、新しい形での「生涯賃金」を意識する必要があります。
リスキリング・キャリア支援と連動させる
今後は「社内でキャリアアップできるか」が企業選びの判断材料になります。教育投資と賃金上昇が連動したモデルを提示できる企業は、優秀人材の確保に有利です。
中小企業のための「生涯賃金シミュレーション」作成ガイド
必要なデータ
- 年齢別・勤続年数別の基本給データ
- 過去数年分の賞与支給実績
- 退職金制度の内容
- 組織内での昇進・職位構成
ツール活用のすすめ
エクセルやGoogleスプレッドシートを用いて、モデル従業員の収入カーブを作成することができます。また、社会保険労務士等の専門家に依頼することで、精緻なモデルを短期間で作成可能です。
まとめ:生涯賃金を経営に活かす中小企業こそ、選ばれる企業になる
生涯賃金は、かつての「終身雇用社会」だけの概念ではありません。むしろ、働き方が多様化し、企業ごとの差別化が求められる現代だからこそ、自社の生涯賃金モデルを明確にし、それを採用・育成・定着・制度設計に活かすことが重要です。
「従業員の未来」を見える化しませんか?
生涯賃金モデルの作成や制度設計についてお悩みの方は、専門家へのご相談をおすすめします。中小企業だからこそできる、持続可能で魅力的な報酬戦略を一緒に構築しましょう。まずはお気軽にお問い合わせください。
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
人事評価・賃金改定のことなら「社会保険労務士法人あい」へ