ノーワーク・ノーペイの原則とは?トラブルを未然に防ぐための完全ガイド
はじめに
「働いていない時間の賃金は支払わなくてよいのか?」――多くの経営者が直面する実務的な疑問に、明快な答えを与えるのがノーワーク・ノーペイ(No Work, No Pay)の原則です。
本稿は中小企業経営者・個人事業主向けに、この原則の法的根拠、適用範囲、例外、グレーゾーン、計算方法、就業規則の条文化例までを実務目線で徹底解説します。最後にはチェックリスト・FAQも用意しました。この記事一つで、社内運用の“迷い”が解消します。
ノーワーク・ノーペイの位置づけ
1. 労働契約は「双務契約」
労働契約は、労働者の労務提供と使用者の賃金支払が対応する双務契約です。契約で予定された時間・場所・職務に基づき労務が提供されてはじめて、対応部分の賃金支払義務が発生します。
2. 原則の定義
労働者の責めに帰すべき事由で労務提供がなされない場合、当該不就労時間に対応する賃金債務は発生しない――これがノーワーク・ノーペイの原則です。時間給労働者のストライキや、月給者の欠勤・遅刻・早退などに典型的に現れます。
なお、ここでいう「責めに帰すべき事由」とは、一般に私傷病・自己都合(通勤遅延の過失、私用外出など)を含みます。
適用される典型場面と実務判断
1. 欠勤(私傷病・自己都合)
- 賃金は不発生(ただし年休へ振替申請が認められ、かつ承認された場合は賃金発生)。
- 就業規則に「欠勤と年休の関係(事後付与の可否、締切)」を明記しておくと紛争予防になります。
2. 遅刻・早退
- 不就労時間分の控除は可能。
- 端数処理(分単位/15分単位など)を明文化し、最低賃金を下回らないよう注意。
3. ストライキ・部分スト
- 参加者:不就労時間分の賃金カット(=賃金カット)。
- 不参加者:
- 受領し就労させたなら賃金支払義務あり。
- 受領拒否が使用者の都合なら支払義務あり。
- ピケット等で客観的にも受領不能なら賃金義務は否定されることがある。
4. サボタージュ・順法闘争・時間短縮闘争等
- 実働が低下し業務が阻害される態様の場合、賃金支払範囲や懲戒の可否が問題化。就業規則の「服務規律」「業務指揮命令」条文を根拠に注意指導→懲戒の段取りを踏む。
3. 賃金カットの「範囲」――二分説の変遷を踏まえた考え方
1. 交換的部分と保障的部分
かつては、賃金を労務に直接対応する「交換的部分」と、生活補完的で直接対応しない「保障的部分」に二分し、後者はカット不可とする見解が有力でした。
近年は、賃金は原則として労働対価と捉えつつも、就業規則や労働契約で「カット対象外」と合意し得る手当(例:家族手当など)があると設計するのが実務的です。
2. 各賃金項目の取扱い目安
- 基本給・職務給・職能給:労務の対価 → 不就労時間分は控除対象。
- 時間外・深夜・休日手当:実労働前提 → 不就労なら発生なし。
- 通勤手当(定期代型):就業規則で「支給要件」「欠勤控除の有無」を明確化。
- 家族手当・住宅手当:カット対象外とする合意を規程化すれば運用可。
- 役職手当:職責の恒常性に基づくなら、欠勤日でも一律不支給としない運用も(規程化が肝要)。
- 固定残業代:みなし残業の前提(所定労働の実績・見合い)と控除方法を条文化し、欠勤・遅刻時の日割/時間割の計算式を明記。
カットの「程度・計算方法」――月給者・日給月給者の実務
1. 月給者の欠勤控除(控除単価の設計)
- 日割り:月給÷所定労働日数
- 時間割:上記日割り÷1日の所定労働時間
- 推奨:就業規則に計算式を明記(例:月給×(欠勤時間/所定労働時間総数))。
- 端数処理:分単位/15分単位/30分単位等の丸め基準を明文化。
2. 日給月給制(欠勤控除が前提)
- もともと出勤実績ベースのため、欠勤はそのまま減額。
- 実務では、法定控除(社保・税)と任意控除(社宅費等)の順序や、控除後手取りの下振れに注意。
3. 「控除」と「懲戒減給」の違い
- 控除:不就労分を支払わないだけ(ノーワーク・ノーペイ)。
- 懲戒減給:制裁としての減額で、労基法91条の上限(1回の額は平均賃金1日分の半額、総額は1賃金支払期の10分の1まで)が適用。
→ 二重減額にならないよう、運用基準書にチェック欄を設けて管理。
ストライキ不参加者の賃金――「受領拒否」「受領不能」「危険負担」
1. 使用者が受領し労務指揮下に置いた場合
実際に仕事をしていないとしても、労務受領と指揮命令下に置いた時点で賃金支払義務が発生します(ノーワーク・ノーペイの問題ではない)。
2. 受領拒否が使用者の責めに帰す場合
客観的には就労可能であるのに使用者が受領を拒否した場合、賃金支払義務あり。
3. 客観的受領不能(ピケットで阻止等)
使用者の責めに帰さない受領不能なら、労働者側の危険負担とされ、賃金請求は困難。現場では事実経過の**証拠化(写真・録音・通達)**が重要です。
ノーワーク・ノーペイに「当たらない」場面(例外・関連原則)
1. 使用者都合休業(労基法26条)
機械故障・資材欠乏・発注激減等で会社都合の休業を命じた場合、平均賃金の60%以上の休業手当が必要。
→ ノーワーク・ノーペイの原則の反対側に位置づく典型。
2. 年次有給休暇(労基法39条)
年休を取得していれば、所定賃金の支払いが原則。欠勤との振替可否は就業規則で明確に。
3. 産前産後休業・育児介護関係
労基法・育介法上の保護休業は賃金支払義務の定めは異なる(公的給付の対象)。ノーワーク・ノーペイの文脈とは切り分けて運用。
4. 労災・通勤災害
労災休業は労災保険給付が中心。私傷病と区別し、会社補償制度の有無は就業規則で明示。
5. 指揮命令の瑕疵(シフト編成ミス等)
会社の手配不備で労務が提供できなかった場合は、使用者責任として賃金支払義務が問題となりうる。
テレワーク・固定残業代・みなし労働等のグレーゾーン
1. テレワークの通信障害
- 会社起因(VDI障害・貸与機器故障):賃金支払義務が生じやすい。
- 本人起因(自宅回線・私物PCトラブル):ノーワーク・ノーペイ適用余地。
→ リモート就業規程に責任分界点と代替手段(出社指示、モバイル回線支給等)を明記。
2. 研修・自己啓発
- 会社命令・必須研修:労働時間→賃金支払。
- 任意の自己啓発:通常はノーワーク・ノーペイ。境界は命令性・業務関連性・拘束性で判断。
3. みなし労働・固定残業代
実務運用フローと証拠化
1. 運用フロー
- 事実認定:不就労の理由・時間・本人起因か会社起因か。
- 規程照合:該当条文・協定・雇用契約。
- 計算:按分式・端数処理・最低賃金確認。
- 通知:賃金控除の根拠と額を本人に書面/システムで明示。
- 記録:勤怠ログ・指示命令・システム障害履歴・チャットログ等を保全。
2. よくあるNG
- 「皆やってるから」と就業規則にない丸めを慣行運用。
- 控除と懲戒減給の混同。
- 会社起因の受領拒否を記録せずに不払い。
- 固定残業代の明確区分なし。
事例で理解するノーワーク・ノーペイ
事例A:テレワーク日のネット障害
- 本人回線トラブルで半日作業不可。
- 会社は在宅就業規程に基づき、半日分を控除。ただし予備回線の手当が会社提供なら、会社起因となりうる点に注意。
事例B:計画休業(会社都合)
- 受注減でライン停止。
- 休業手当(平均賃金の60%以上)の支給が必要。ノーワーク・ノーペイは適用されない。
事例C:部分ストと不参加者
- 参加者の不就労は賃金カット。
- 不参加者は業務振替を受けて待機、指揮命令下にあるため賃金支払。
- 会社が安全配慮から入構制限をした場合、受領拒否の理由が会社起因か慎重に記録。
よくある質問(FAQ)
Q1. 欠勤を年休に後付けできる?
A. 就業規則で認め、本人が申請し、時季指定が適法であれば可能。締切や事後申請の可否を明文化。
Q2. 遅刻を30分単位で切り上げ控除してよい?
A. 一定の端数処理ルールを明記すれば可能。ただし過度な切り上げは労使紛争の火種。分単位や15分単位が実務的。
Q3. 固定残業代は欠勤時も満額?
A. 規程・契約で按分控除式を定めるのが安全。明確区分・清算条項の整備は必須。
Q4. 台風で出社不可。賃金は?
A. 会社指示の休業なら休業手当の検討対象。本人判断の欠勤はノーワーク・ノーペイの可能性。安全配慮義務とのバランスで、事前ガイドラインを整備。
まとめ――「払わないでよい」ではなく「払わない根拠を明確にする」
ノーワーク・ノーペイは“当然の原則”ですが、例外(休業手当・年休等)やグレーゾーン(テレワーク・固定残業代)を踏むと、一気に未払・紛争リスクが高まります。
防衛線はただ一つ――就業規則・賃金規程の明文化と運用の記録化。これにより、適法・公平・再現性のある労務運用が可能になります。
「うちの規程で本当に大丈夫?」と思われたら、今が見直しのベストタイミングです。
社会保険労務士が、御社の実態に合わせて
- 欠勤・遅刻・早退の控除設計
- 固定残業代の安全設計(明確区分・清算・按分)
- テレワーク責任分界点の規程化
- 休業手当の運用フロー整備
- 給与システム実装(最低賃金・91条チェック)
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[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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