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【徳島を拠点に全国対応】企業の経営課題を共に解決すべく専門家(社会保険労務士/中小企業診断士)として活動しています。
2025-10-15

法令等の周知義務を最短で整える完全ガイド——中小企業が今日からできる実務対応

はじめに:周知していない“だけ”でリスクになる時代

従業員に伝えていない就業ルールが原因で、残業代や休暇運用をめぐる紛争に発展——。実は、その多くは「法令等の周知義務(労働基準法第106条)」の不備から始まります。
周知は“掲示しておけばよい”という話ではありません。場所・方法・内容・更新・アクセス性まで満たして初めて「周知」と評価されます。本記事では、中小企業・個人事業主が迷いなく実務運用できるよう、要件→実装手順→運用ルール→監査チェックの順で解説します。最後に使い回せるテンプレ90分で整える段取りも付けました。

周知義務の全体像(労基法106条の“5つ”)

使用者は、次の事項を労働者に周知しなければなりません。対象は全従業員(正社員・契約社員・パート・アルバイト等)。言語・障害・勤務形態に配慮したアクセス性も必要です。

周知対象(必須5点)

  1. 労働基準法の趣旨
  2. 労働基準法に基づく命令の要旨(例:省令・告示の要旨)
  3. 労働基準法に基づく労使協定(該当するもの)
  4. 就業規則
  5. 労使委員会の決議(該当する制度導入時)

周知方法(形式面の要件)

  • 常時、各作業場の見やすい場所への掲示
  • 書面の備付け(誰でも閲覧可)
  • 書面の交付
  • その他、省令で定める方法(例:電子掲示)

ポイント:電子化は便利ですが、「誰でも常時アクセスできるか」「最新か」「閲覧ログが残るか」を満たす設計が重要。

違反時のリスク

  • 30万円以下の罰金
  • 行政調査での是正勧告・指導、紛争時の会社側主張の信頼性低下、労務コンプライアンス格付けの毀損、採用広報・取引におけるレピュテーション低下 など。

周知が必要な具体文書と適用場面

1. 労基法の趣旨・命令の要旨

  • わかりやすく要約し、日常業務に紐づく形で提示(例:「残業は36協定の枠内で」「年休は半日・時間単位の運用可否」など)。
  • 外国籍労働者・障害のある労働者にはやさしい日本語・多言語版・アクセシブルな形式で用意。

2. 就業規則

  • 本則 + 各種別表 + 関連規程(賃金規程、育児介護規程、テレワーク規程、ハラスメント指針 等)を一体で周知
  • 最新改定版のみを提示し、改定履歴・施行日を明示。

3. 労基法に基づく労使協定(該当時・最新版)

以下の協定は周知対象。締結・届出・周知の三位一体で管理します。

    1. 貯蓄金管理の委託協定
    1. 賃金控除協定(社宅費・福利費等の天引き)
    1. 1か月単位の変形労働時間制
    1. フレックスタイム制
    1. 1年単位の変形労働時間制
    1. 1週間単位の非定型的変形労働時間制
    1. 休憩一斉付与の適用除外
    1. 36協定(時間外・休日労働)
    1. 事業場外みなしの「通常必要時間」協定
    1. 専門業務型裁量労働制の対象業務協定
    1. 年休の計画的付与協定
    1. 年休中の賃金に関する協定

実務ポイント:36協定は特に検査で見られます。特別条項の上限・手続・健康確保措置を掲示・備付けの対象に含め、原本(写し)+要点サマリーの二層で周知しましょう。

4. 労使委員会の決議(該当時)

  • 企画業務型裁量労働制の対象業務
  • 企画業務型裁量労働制の苦情処理措置

決議書の写し対象者への個別明示苦情窓口の連絡先をセットで周知。

“形式だけ”ではアウト:周知が無効認定されやすい落とし穴

よくある不備

  • 本社にしか掲示がない(多店舗・工場・現場に掲示なし)
  • 社内ポータルにアップしただけ(入社直後はアカウント未発行・現場ではスマホ閲覧不可など)
  • 古い版が残存(検索で旧版がヒット/ファイル名に「最新」乱立)
  • 個別ルールが別紙乱立(休憩・シフト・みなし等が部署ごとに独自運用)
  • 多言語・配慮不足(実質的に読めない/画面リーダー非対応)

是正の考え方

  • 全作業場(事務・工場・倉庫・売場・現場控室)で常時アクセス可に。
  • 紙+電子の二重化で可用性を担保。
  • **版管理(バージョン・施行日・改定履歴)**を一元化。
  • 教育(オリエン・eラーニング)と理解度トラッキングで“形骸化”を防止。

90分で形にする:周知体制の構築ステップ

ステップ1(30分):棚卸し

  • 就業規則、別規程、36協定、変形・フレックス等の原本・届出控を収集。
  • 最新版の特定(施行日・締結日・届出日)。
  • 周知対象の抜け漏れマップを作成。

ステップ2(30分):周知導線の設計

  • :各拠点に**「労務掲示コーナー」**を設置(A3掲示+備付ファイル)。
  • 電子:社内ポータル/共有ドライブに**「労務ルール」**フォルダ(閲覧権限=全員)。
  • 検索性:ファイル命名を統一(例:[就業規則]_v2025-04-01_施行.pdf)。
  • 多言語/アクセシビリティ:やさしい日本語版、英訳要旨、テキストPDF、代替テキスト。

ステップ3(30分):教育・記録化

  • 入社時オリエン資料に要点サマリーを追加。
  • 年1回のeラーニング(10分)+確認テスト
  • 閲覧・受講のログ保存(2〜3年)
  • 変更時は**周知計画(告知→説明会→Q&A→施行)**を必ず実施。

現場で使える「掲示・備付」チェックリスト(抜粋)

[掲示]

  • 就業規則の要旨/改定の告知
  • 36協定(様式の写し、特別条項の要点)
  • 労働時間・休憩・休日の基本ルール
  • 相談窓口(ハラスメント・労務・安全衛生)
  • 年休の取得方針(計画付与のカレンダー等)

[備付]

  • 就業規則全文・賃金規程・関連規程
  • 最新の労使協定一式(届出控まで)
  • 労使委員会決議の写し(該当時)
  • eラーニング案内/理解度テスト実施記録
  • 多言語版・やさしい日本語版

[電子]

  • 共有フォルダ直下に**「最新」フォルダは1つ**だけ
  • ファイル命名規則・改定履歴テキスト
  • モバイルからの即時アクセス可否
  • 閲覧権限=全従業員/退職者アクセス遮断の運用

制度ごとの“周知”ベストプラクティス

36協定(時間外・休日労働)

  • 掲示:限度時間・特別条項の要点・健康確保措置
  • 備付:様式(届出控)と該当部署の運用手順書
  • 教育:管理職向けに指示手順・超過時の是正フローを年1回

変形労働時間制・フレックス

  • 掲示:対象部署・期間・清算方法・コアタイム有無
  • 備付:シフト作成手順・労働日カレンダー・勤怠打刻ルール
  • 教育:シフト確定の締日振替の書式合意の取り方

年次有給休暇(計画付与・賃金)

  • 掲示:計画付与日時間単位付与の有無
  • 備付:協定書賃金計算方式(平均賃金・所定労働時間給与 等)
  • 教育:取得手順繁忙期の運用時季変更権の説明

裁量労働制(専門業務型・企画業務型)

  • 掲示:対象業務・苦情窓口
  • 備付:協定又は労使委員会決議みなし時間健康確保措置
  • 教育:対象者への個別同意書実労働時間の把握方針

周知“証拠”を残す:監査・紛争に効くログ設計

  • 掲示写真(拠点ごと、改定都度、日付入り)
  • 閲覧ログ(ポータルのアクセス履歴、紙の貸出記録)
  • 教育実施記録(受講率・テスト結果・再受講履歴)
  • Q&A履歴(周知後の問い合わせ対応メモ)
  • 版管理台帳(施行日・改定概要・廃止日)

監査や紛争で「本当に周知されていたのか?」が争点になっても、**“客観的な痕跡”**が揃っていれば会社の主張は強くなります。

失敗しない電子周知の要件(クラウド活用)

  • 常時アクセス性:スマホ・タブレット・現場端末で即閲覧
  • 可用性:紙との二重化、停電・障害時の代替手段
  • 完全性:編集権限は限定、**更新メタ情報(更新者・日付)**を自動付与
  • 検索性:目次ページ(ハブ)+用語集+FAQ
  • 通知性:改定時の一斉通知(メール/チャット)+既読確認

事例で学ぶ:よくある課題と対策

事例1:多店舗小売

課題:店舗ごとに掲示内容がバラバラ/旧版混在
対策

  • 本部が**掲示キット(A3掲示物・備付ファイル・設置写真マニュアル)**を一括配布
  • 月次で店舗セルフチェック+写真提出

事例2:製造業(交替勤務)

課題:夜勤帯は電子掲示が見られない
対策

  • 更衣室・休憩室の紙掲示強化
  • シフト確定手順書を備付、班長教育を重点実施

事例3:IT・スタートアップ(フレックス普及)

課題:フレックスの清算ルールが伝わらず残業計算で混乱
対策

  • 図解1枚で「清算期間・みなし時間・超過判定」を周知
  • 月初の5分朝会で運用変更点を共有

Q&A(現場の疑問に即答)

Q1. 電子だけで周知は足りますか?

原則可能ですが、「常時アクセス」「見やすさ」「誰でも」の要件を満たしにくい現場があるため、紙との併用を推奨。

Q2. 協定を更新したら、旧版は残してよい?

旧版は廃止フォルダに移して検索対象外に。誤周知リスクを防ぐため、最新版のみを現場提示。

Q3. 外国籍従業員が多い場合の実務は?

やさしい日本語+主要言語の要旨版を準備。絵・図解・動画も有効。**理解確認(小テスト/面談)**までが“周知”。

Q4. 周知忘れの罰則はありますか?

30万円以下の罰金の対象。罰金だけでなく、是正勧告・紛争時の不利が重大リスクです。

そのまま使える:周知ページの目次テンプレ

  • ① 労基法の趣旨(要約・動画3分)
  • ② 労基法に基づく命令の要旨(時間外・年休・安全衛生の要点)
  • ③ 就業規則(PDF)/賃金規程/育介規程/テレワーク規程
  • ④ 労使協定一覧(36・変形・フレックス・年休計画 等)
     ・各PDF(届出控)/要点1枚サマリー
  • ⑤ 労使委員会の決議(該当時)
  • ⑥ 相談窓口(人事・労務・ハラスメント)
  • ⑦ 改定履歴(施行日・概要)
  • ⑧ FAQ・用語集

ロールアウト計画(社内告知文例)

件名:労務ルール周知ページの開設と最新版適用のご案内
本日、就業規則および各種労使協定の最新版を公開しました。勤務に関わる重要内容のため、本日中に閲覧し、理解度確認テスト(5問・3分)にご回答ください。現場掲示も順次更新します。質問は人事労務窓口まで。

まとめ:周知は「掲示物」ではなく「仕組み」

  • 何を(5点の対象)を、どうやって(見やすく常時アクセス)、誰にでも(全従業員に公平に)
  • 最新・一元・記録の3原則で運用
  • 電子化+紙で可用性確保、教育と理解確認までセットで“実効性のある周知”へ

周知は最小コストの労務リスク対策です。今日、この後の90分で「棚卸し→導線設計→教育・記録化」まで着手しましょう。

[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]

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