2025-10-17
フリーキャッシュフロー(FCF)完全ガイド
はじめに
資金繰りは黒字倒産を防ぐ“最後の砦”。損益計算書で黒字でも、現金が増えていなければ投資も賞与も払えません。そこで経営の“真水”を示す指標がフリーキャッシュフロー(Free Cash Flow:FCF)です。本記事では、FCFの定義・計算式・実務への落とし込み・人事(賞与原資)への活用・具体的な改善手順までを、経営者と現場が同じ地図で動けるよう体系的に解説します。
FCFの基礎を3分で
FCFとは何か
**フリーキャッシュフロー(FCF)**は、事業が生み出した現金のうち、借入や配当などの財務活動に自由に回せるお金のこと。
「本業の稼ぎ − 税金 − 設備投資 ± 運転資金の増減」= 期末に**実際に“自由に使える現金”**がどれだけ残ったか
代表的な計算式
FCF = 営業利益 × (1 − 実効税率) + 減価償却費 − 投資(CAPEX) ± ΔWC(運転資金の増減)
- 営業利益 × (1 − 実効税率):税引き後の本業の稼ぎ
- 減価償却費:会計上の費用だが現金は出ていない ⇒ 足し戻す
- 投資(CAPEX):設備・システム・車両などの現金アウト
- ΔWC(運転資金の増減):売掛金・在庫・買掛金の増減による現金の出入り
直観ポイント:売掛↑・在庫↑は現金を吸う/買掛↑は現金を生む(支払いを後ろにずらす効果)
なぜ中小企業はFCFを見るべきか
経営の意思決定に直結
- 投資可能額の上限がひと目でわかる
- 借入返済・配当・賞与の支払い余力を定量化
- 営業利益やEBITDAでは見えない**運転資金の“重さ”**を反映
資金繰り管理の指令塔
- 粗利改善だけでなく、売上債権・棚卸資産・仕入債務の運転資本効率に意識が向く
- 黒字倒産の予防線として機能
計算を正しく回す:実務の手順
手順① 指標の定義を固定する
- 実効税率(例:30%)を社内で統一
- 投資(CAPEX)の範囲:更新投資・拡大投資を区別
- ΔWCは売掛金 + 在庫 − 買掛金の増減で測る(四半期/月次で)
手順② 月次FCFのテンプレ
- 営業利益
- 税引後営業利益=①×(1−実効税率)
- 減価償却費(+)
- 設備投資(−)
- ΔWC(売掛・在庫・買掛の純増減)(±)
- FCF=②+③−④±⑤
手順③ 3つの“閾値”を決める
- 最低ライン:借入返済と安全運転資金(1〜2か月分固定費)をカバー
- 目標ライン:計画投資+賞与原資の確保
- 警戒ライン:FCFが連続マイナスのときの是正トリガー(例:2期連続で経営会議)
具体例:数値で腹落ちするFCF
ケース(年間)
- 営業利益:1,000
- 実効税率:30% ⇒ 税引後営業利益:700
- 減価償却費:200
- 設備投資(CAPEX):300
- ΔWC:+150(売掛・在庫が増えた)
FCF = 700 + 200 − 300 − 150 = 450
営業利益は1,000でも、投資と運転資金が重いとFCFは450。
この“差”が、現金が思ったほど増えない理由です。
人事・賞与原資にFCFを使う(実務設計)
目的
- 現金創出力を意識づけ、売上増・費用削減・運転資本圧縮・投資の選別を全社運動にする
設計ステップ
- 利益指標と組み合わせ:例)「営業利益KPI × FCF係数」
- ガードレールを設定:
- 最低FCF確保(例:固定費1.5か月分)未達時は賞与係数を自動減額
- CAPEXのうち戦略投資は賞与原資算定から除外(納得感を担保)
- 部門別KPIに運転資本を埋め込む:
- 営業:DSO(売上債権回収日数)・値引き率
- 購買:DPO(買掛支払日数)・仕入条件
- 生産/在庫:在庫回転日数・滞留在庫率
メリット
- 企業価値に直結するキャッシュ志向が根づく
- 賞与が**“現金創出の結果”と連動**し、資金繰りの安定に寄与
デメリット(課題)
- 投資判断は経営裁量が大きく、現場の関与が薄い分、納得感が揺れやすい
- 景気や為替でΔWCが乱高下する場合、一時的な不利が生じる
→ 対応策:算定式を開示、戦略投資・異常値は調整、複数年度平均も併用
似た指標との違いを整理
営業CF(キャッシュフロー計算書)
- 本業による現金創出。FCFはそこから投資(CAPEX)を控除する点が異なる。
EBITDA
- 利払い・税金・減価償却前の利益。運転資本も投資も反映しないため、“資金繰りの重さ”が見えにくい。
レバード/アンレバードFCF
- 本稿のFCFは一般に**アンレバード(無借金前提)**の考え方が近い。利払いは含めず、事業の純粋な現金創出力を測る。
FCFを高める“現場起点”アクション
売上を増やす(値上げ・ミックス改善)
- 高粗利商品の比率を上げる、値引きの上限ルール化、サブスク化で**前受金(実質の運転資金調達)**を獲得
費用を減らす(固定費・変動費の選別)
- ゼロベースで固定費棚卸、外注⇔内製の境界見直し、在庫保管費・物流費の共同化
ΔWCを絞る(資金が湧く“近道”)
- DSO短縮:与信枠と支払サイトの標準契約化、早期回収割引
- 在庫回転向上:SKU整理、安全在庫の根拠をデータ化、需要予測+発注点見直し
- DPO延伸:支払サイト交渉、サプライヤーとの**“キャッシュ対話”**(価格以外の条件も交渉)
投資の選別(Return on CAPEX)
- 投資は**更新・法令対応・成長(DX/新規)**に色分けし、投資後FCFで比較
- 必ず**“撤退条件”を事前定義**(IRRや回収年数の下限)
中小企業の落とし穴と回避策
よくある誤解
- 「FCFがマイナス=悪」ではない:将来の稼ぎを増やす成長投資なら戦略的マイナスもあり得る
- 減価償却費を増やせばFCFが増える?:現金を使うCAPEXが先行するため、ネットで見よが正解
管理の形骸化
- 会計期末だけの算定では“後追い”。月次ロール(着地見込)で運用し、是正行動まで紐づける
現場が動かない問題
- FCFは抽象的に見える。DSO・在庫回転・DPOの現場KPIに翻訳してデジタル掲示板で可視化する
導入キット:このまま使える運用フォーマット
月次FCFダッシュボード(例)
- ①営業利益 ②実効税率 ③税引後営業利益
- ④減価償却費 ⑤CAPEX ⑥ΔWC(売掛・在庫・買掛)
- ⑦FCF(着地/予実差/3か月移動平均)
- ⑧警報:FCF連続マイナス・DSO閾値超過・在庫滞留率超過
経営会議のアジェンダ定型
- 先月FCFの要因分解(価格×数量、費用、ΔWC、CAPEX)
- 改善アクションの効果検証(KPIの前後差)
- 翌月リスクと手当(与信・仕入・在庫・工数)
- 賞与原資の進捗可視化とガードレール確認
さらに深掘り:ΔWCを数学的にほどく
ΔWCの分解
- Δ売掛金 = 売上増減 + 回収サイト変化 + 回収遅延
- Δ在庫 = 需要変動 + 発注ロット + 生産リードタイム + 不良率
- Δ買掛金 = 仕入高 + 支払サイト変化
意思決定で動かせるレバー(サイト交渉、ロット、SKU整理、前受金設計)にKPIを直結
まとめ:FCFは“経営数字”を“現金行動”に変換する言語
- FCF = 税引後の本業キャッシュ + 減価償却 − 投資 ± 運転資金増減
- 賞与原資に連動させると、現金創出の意識が全社に浸透
- 改善は、価格×数量・費用・ΔWC・投資選別の4レバーで回す
- 月次で見える化→要因分解→アクションの運用サイクルが肝
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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