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【徳島を拠点に全国対応】企業の経営課題を共に解決すべく専門家(社会保険労務士/中小企業診断士)として活動しています。
2025-10-21

ファントムストック:希薄化ゼロで「株価連動」インセンティブを設計する方法

中小企業の採用・定着・業績向上の切り札として、ファントムストック(Phantom Stock / Phantom Stock Plan)が注目を集めています。実株は発行せず、“株価に連動した評価差額”を現金で支払う長期インセンティブ(LTI)の一種です。本稿では、仕組み・メリット/デメリット・ストックオプションとの違い、設計と運用、会計・税務の考え方、成功事例の型までを一気通貫で解説します。

はじめに:中小企業こそ「株価連動×現金払い」の合理性

人材獲得競争が激化するなか、自社株の活用は魅力的でも、未上場やオーナー企業では希薄化・議決権分散が難点です。ファントムストックは、株式を発行せず、評価差益を賞与相当の現金で支給できるため、希薄化リスクなく中長期のコミットメントを引き出せます。
一方で企業側はキャッシュアウト(労務費)を伴うため、支給上限パフォーマンス条件で支払総額をコントロールする設計センスが問われます。

ファントムストックとは

定義

  • 実株を渡さず、仮想株式(Phantom Shares)を付与。
  • 基準時点の評価額将来の評価額との差額(評価差益)を現金で支給。
  • 株式は発行されないため、資本構成・議決権・発行済株式数は不変
  • 長期インセンティブ(LTI)として、中期経営計画や企業価値向上へのコミットを促す。

向いている企業像

  • 未上場・オーナー企業で希薄化を避けたい。
  • 将来のIPO/M&Aを見据えるが、現段階では実株譲渡が難しい。
  • 主要人材の3〜5年スパンの定着を狙いたい。

ストックオプション等との違い

ストックオプション(SO)

  • 権利行使で株式取得 → 希薄化あり。
  • 従業員は上昇益にレバレッジ。企業は現金支出は原則なし
  • 付与・行使に法的手続きや評価が必要。

RS/RSU(譲渡制限付株式/ユニット)

  • 実株/擬似株の付与が前提 → 希薄化や議決権配慮が必要。

サーベイ・SAR(Stock Appreciation Rights)

  • 株価上昇分のみを現金/株式で支給。ファントムストックに近いが、権利形態や評価指標の設計が異なることが多い。

ファントムストック

  • 現金払い・希薄化なし・議決権影響なし
  • 会計上は労務費として扱う運用が一般的。
  • キャッシュアウト管理が要点。

導入メリットとデメリット

メリット

  • 希薄化ゼロ:資本政策を守る。
  • ガバナンス維持:議決権を配らない。
  • 設計自由度:KPI/評価式/上限のカスタマイズが容易。
  • リテンション効果:一定の在籍条件・クリフで離職防止
  • 採用力向上:未上場でも**株価連動の“夢”**を提示できる。

デメリット

  • キャッシュアウト:支給時に現金が必要。
  • 評価の透明性株価(評価額)算定方法の合意が必須。
  • 制度運用負荷:KPIトラッキング、会計・税務処理、情報開示の整備が必要。
  • 上限設定のトレードオフ:企業は費用管理、従業員はアップサイド制限

設計の基本構造(ベストプラクティス)

1) 付与対象と付与量

  • 役員・管理職・専門職・ハイポテンシャル人材など。
  • 人材市場価格×代替困難性×貢献期待でレンジ設定。

2) ベスティング(権利確定)

  • クリフ(例:入社/付与後1年は権利なし→一括確定)。
  • その後毎年/毎四半期で均等確定。
  • **在籍条件(Good/Bad Leaver規定)**を必ず明文化。

3) パフォーマンス条件

  • 会社KPI(売上・EBITDA・FCF・ROIC・新規顧客数等)。
  • 個人KPI(OKR/MBO)。
  • ゲート(最低基準)スケール(達成度に応じ倍率)

4) 評価額(擬似「株価」)の決め方

  • 未上場:DCF/マルチプル/時価純資産法等の評価ポリシーを就業規則付属文書・制度規程に明記。
  • 上場想定:将来のイベント時点の時価を参照する条項も可。
  • 第三者評価評価会計年度の固定式で透明性を確保。

5) 上限・下限・希薄化代替指標

  • 上限(Cap):一人当たり・全体プール・年度上限の三層で管理。
  • 下限(Floor):最低保証を置かず“ゼロ〜上限”にするのが一般的。
  • プール型:総額プールをKPI達成率×評価ポイントで配賦。

6) 支給時期・支給形態

  • 中期終了時(3〜5年)一括 or ローリング支給
  • 現金(賞与相当)で源泉・社会保険の取り扱いに留意。

評価指標とKPI設計

会社KPIの例

  • 成長:売上CAGR、ARR/MRR、LTV、チャーン率。
  • 収益:EBITDA/営業利益、営業CF、FCF。
  • 効率:ROIC、在庫回転、労働生産性。
  • 戦略:新製品ローンチ、主要アライアンス締結、認証取得。

個人KPIの例

  • 事業責任者:部門EBIT、粗利、案件受注額。
  • 開発:ロードマップ達成率、障害指標、セキュリティ適合。
  • セールス:新規粗利、解約率、パイプライン健全性。

設計のコツ

  • “コントロール可能”指標を選ぶ。
  • 会社KPI:個人KPI=7:3〜5:5の範囲でバランス。
  • 周知は年初、評価は四半期レビューで透明性を担保。

支給額の計算ロジック例

差額清算型(標準)

支給額 = 付与口数 × { min[(期末評価額 − 基準評価額), 上限単価] } × 達成倍率
  • 付与口数:各人に配賦する仮想株数。
  • 基準評価額:付与時点の評価(“取得価額”)。
  • 期末評価額:評価ポリシーに従い算定。
  • 上限単価:キャッシュアウト抑制。
  • 達成倍率:会社/個人KPIを統合した係数(0〜150%等)。

プール配賦型(キャップ重視)

総支給額 = 会社KPI達成率 × 予算プール
個人支給額 = 総支給額 × {個人評価ポイント / 全体ポイント}
  • 予算統制が強い。ボラティリティ低減。

会計・税務の基本的な考え方

※以下は一般的な考え方です。個別案件は専門家にご相談ください。

  • 会計:支給見込み額を労務費(賞与等)として費用認識(見積り・引当・期中見直し)。
  • 税務(受給者):原則給与課税。源泉徴収・社会保険の対象となる取り扱いが一般的。
  • 税務(会社):損金算入の可否・タイミングは制度設計と会計処理に依存。
  • 評価文書化:評価方法・KPI・上限・在籍条件を制度規程として明示し、監査・税務調査に備える。
  • 開示:未上場でも従業員向け開示資料を整備し誤解を防止。

導入プロセスと社内運用

1) 目的の明確化

  • 誰に」「何年で」「何を達成」させたいかを一文で言語化。
  • 例:“3年でEBITDAを2倍に。コア人材15名の離職率を5%未満に抑制。”

2) 制度設計ドラフト

  • 対象者・付与口数レンジ・ベスティング・KPI・評価式・上限/プール・在籍条件。
  • シミュレーションで予算レンジと従業員期待値を整合。

3) ガバナンス整備

  • 取締役会決議(必要に応じて)。
  • 制度規程・個別同意書テンプレの準備。
  • 評価タイムテーブル(年初通知→四半期レビュー→期末確定)。

4) コミュニケーション設計

  • “夢”と“現実(上限・在籍条件)”を同時に説明。
  • FAQ集・事例・計算例を配布し、期待管理を徹底。

5) 運用・モニタリング

  • KPIトラッキング、キャッシュアウト見込みの四半期更新。
  • 期待離職率・採用歩留まり・生産性指標で効果検証

失敗を防ぐチェックリスト

  • 目的が採用/定着/業績のどれかに紐づいているか
  • 評価式が明確(誰が読んでも同じ計算結果)
  • 上限(Cap)とプールで費用統制できるか
  • 在籍条件Good/Bad Leaverが明記されているか
  • 評価額の算定方法とそのオープン度が合意済みか
  • 四半期レビューで進捗確認と期待管理をしているか
  • 税務・社会保険の取り扱いの想定を記録しているか
  • 退職・M&A・上場等のイベント対応条項があるか

中小企業向けミニ事例(モデルケース)

会社概要

  • 製造×サブスク保守の未上場企業、従業員80名。
  • 3カ年で売上+40%・EBITDA倍増を目標。

設計サマリ

  • 対象:経営幹部10名+キーポジション10名(計20名)。
  • 付与:総口数200,000口(1口の基準評価額=¥1,000)。
  • ベスティング:1年クリフ後、月次均等(36か月)。
  • KPI:会社(EBITDA・ROIC)70%、個人KPI30%。
  • 上限:1口あたり評価差額の上限¥1,500、かつ総プール上限¥120,000,000
  • 支給:3年目決算確定後に一括清算。

支給試算(達成倍率120%)

  • 期末評価額:¥2,300
  • 差額:min(2,300 − 1,000, 1,500) = 1,300
  • 個人Aの付与口数:20,000口
  • 支給額(個人A):20,000 × 1,300 × 1.2 = ¥31,200,000
  • ただし総プール上限超過時は比例減額。

効果:コア人材の離職ゼロ、KPIレビューを通じた戦略実行の徹底、採用広報での差別化に成功。

FAQ

Q1. 未上場でも導入できますか?

はい。評価ポリシー支給ルールを文書化できれば導入可能です。

Q2. 現金負担が不安です。

上限(Cap)やプール制支給タイミングの工夫でキャッシュフローを平準化できます。

Q3. 既存の賞与制度と併用できますか?

可能です。短期(STI)は四半期・年次、長期(LTI)は3〜5年で役割分担するのが一般的。

Q4. 税務はどうなりますか?

受給者側は給与課税が一般的。会社側は労務費としての処理がベース。詳細は専門家にご相談ください。

Q5. 退職や解雇時の扱いは?

在籍条件、Good/Bad Leaver、競業避止・守秘義務違反時の没収条項などを個別同意書に盛り込みます。

ファントムストックは、希薄化ゼロで“株価連動のやる気”を生み出す制度です。鍵は、

  1. 評価式の明確化、2) Cap/プールでの費用統制、3) KPIレビュー運用
    導入を検討するなら、まずは**「目的・対象・評価式・上限」の4点をA4一枚の制度骨子**に落とし込み、1〜2パターンの試算から始めましょう。

[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]

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