「賠償予定の禁止」を正しく理解し、リスクゼロで運用する実務ガイド
はじめに:その「違約金」条項、実はアウトかもしれません
採用難のなかで「早期退職を防ぎたい」「会社の備品を壊されたら困る」「無断欠勤の抑止が必要」といった思いから、就業規則や雇用契約書に違約金や定額の損害賠償を入れたくなることは珍しくありません。
しかし、労働契約においては賠償予定(違約金・損害賠償額の事前確定)は原則禁止です。根拠は労働基準法第16条——
「使用者は、労働者の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
本記事では、中小企業・個人事業主の方が押さえるべき禁止の範囲、許される運用、典型NG例、OKな代替措置、条文化のポイント、社内運用チェックリストまでを、実務目線でわかりやすく解説します。
労基法16条が禁じる「賠償予定」とは何か
定義と趣旨
- 賠償予定=「Aが起きたら、いくら払う」と金額をあらかじめ固定しておく取り決め(違約金・損害額の予定含む)。
- 趣旨:労働者側は経済的弱者であり、損害の実態に関係なく過大な負担を強いられるおそれがある。損害の立証が難しいことを逆手に取った過度な抑止を禁止する。
- 適用対象:労働者本人だけでなく、身元保証人にも及ぶ。
罰則
- 違反した使用者には**「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」**(刑事罰)が科され得ます。
- 無効条項は削除扱いとなり、会社側が損害を主張する場合は個別具体的に実損を立証するほかありません。
「禁止」の射程とグレーゾーンの線引き
NG(賠償予定に当たりやすい)
- 早期離職・途中退職の違約金:「1年未満で退職したら50万円」など。
- 無断欠勤の定額罰金:「無断欠勤1回につき3万円」など。
- 備品破損・紛失の一律徴収:「パソコン紛失は必ず10万円負担」など。
- 営業目標未達の違約金:「ノルマ未達で5万円」など。
- 競業避止違反の違約金(定額の罰金形態):行為の有無で機械的に定額課す設計は危険。
- 研修費の一律返還特約:「〇年以内退職は研修費一律全額返還」等の画一定額返還は違法リスクが高い。
OKになり得る(賠償予定ではない)
- 実損の賠償請求:労働者の故意・重過失による損害が特定可能で、因果関係や損害額を会社が立証できる場合に限り、その範囲内で請求可(民法上の責任原則)。
- 懲戒(減給の制裁):労基法91条の上限厳守(1回の額は平均賃金の半額まで・総額は賃金の1/10まで)かつ就業規則の明確規定・相当性・手続きの適正が前提。
- 教育訓練契約の費用分担:個別具体の実費を、合理的比例按分で実費相当額のみ、かつ退職の自由を不当に制約しない設計なら適法余地(ケース設計要)。
- 競業避止:期間・地域・対象業務を必要最小限に絞り、**相応の代償(手当等)**を設け、違約金ではなく差止・実損賠償中心で。
- 貸与物の返還・原状回復:返還義務や原状回復は可。ただし一律定額の損害金は不可。実損の特定が鍵。
ポイント:「定額・一律・自動」=危険信号。常に実損・相当性・個別立証に立ち返る。
よくある誤解と落とし穴
「一般の商取引では違約金OKなのに、なぜ労働だけNG?」
労働者は交渉力が弱く、生活への影響が大きい。過大な萎縮効果を避けるため、労働契約では特に賠償予定を禁止しています。
「就業規則に書いてあるからOKでしょ?」
就業規則の規定であっても法令に反すれば無効。就業規則≠免罪符です。
「退職防止のための違約金は必要悪だ」
違法リスクが高く、労基署是正・刑事罰・信用低下のダメージが大きい。代わりに定着支援や**リテンション施策(教育・評価・賃金・非金銭報酬)**を強化しましょう。
「研修費返還の合意なら大丈夫?」
一律返還・高額・短期縛りは退職の自由を不当に制約し違法リスク。実費×受益期間の合理按分、上限設定、返還免除事由、代替支援などの設計が肝心です。
実務での設計原則(コンプラ×抑止×公平性)
原則1|抑止は懲戒(91条)で、賠償は実損で
- 抑止目的なら減給の制裁(上限あり)か戒告・けん責等の懲戒へ。
- 損害回復は実損賠償で対応。二重制裁にならないよう配慮。
原則2|個別具体・比例・相当
- 実費・経済的合理性・因果関係の具体的立証に耐える設計を。
- 費用返還は**比例按分(期間比例/回数比例)**を基本に。
原則3|予防>事後
- アカウンタビリティ教育、貸与物の台帳管理、二重チェック、情報セキュリティ権限設計、保険の活用など、事故の起きない仕組みづくりが最重要。
条文テンプレート(安全運用の雛形例)
※自社用に改変する際は専門家確認を。罰則条項や返還一律定額は置かない。
懲戒(減給の制裁)条項例(91条適合)
規定例
- 「従業員が重大な服務規律違反を行った場合、当社は就業規則に定める手続により懲戒処分を行うことがある。減給の制裁を科す場合、その1回の額は平均賃金の半額を超えず、総額は一賃金支払期における賃金の10分の1を超えない。」
実務ポイント - 行為類型と量刑の相当性基準表を別表で明示。
- 事前弁明の機会付与、懲戒委員会などの手続保障を明文化。
費用負担(教育訓練・資格)の合理設計例
規定例(比例按分)
- 「会社負担で実施した長期専門研修(実費○円)について、研修の受益期間を2年とし、受講後1年以内の自己都合退職時は未経過期間相当分(実費×残存月数/24)に上限○円を適用のうえ個別協議する。結婚・出産・疾病・家族介護等のやむを得ない事情の場合は免除できる。」
実務ポイント - 実費の根拠資料(請求書等)を保管。
- 免除事由と上限を明記し、退職の自由の実質的制約と見られないよう設計。
貸与物・機密管理のルール例
規定例
- 「貸与物の管理は善良なる管理者の注意をもって行い、毀損・紛失時は直ちに会社に報告し、会社の指示に従い原状回復に努める。原状回復に要した実費については、故意又は重過失が認められる場合に限り、個別の事情を勘案の上で負担を求めることがある。」
h4: 実務ポイント - 一律定額の負担額は置かない。事故調査記録を整備。
具体事例で学ぶ:NG/OK判定クイズ
事例1|「半年以内退職は一律30万円」
- NG:賠償予定の禁止に直撃。退職の自由を実質的に妨げる。
事例2|「無断欠勤1回3万円」
- NG:定額罰金は違法。抑止は**懲戒(91条上限)**で。
事例3|「PC紛失は必ず10万円負担」
- NG:一律定額の負担は賠償予定と評価されやすい。実損と過失の程度で個別判断。
事例4|「高額外部講座の費用、受講後1年で退職なら残存期間の実費相当分のみ協議」
- 条件付きOK余地:実費×比例按分×免除事由×上限×手続の公正が鍵。
事例5|「競業避止違反は一律50万円」
- NG:定額違約金は危険。差止と実損賠償で対応、かつ代償措置・限定設計が必要。
実務フロー:トラブル発生時の対応手順
- 事実確認:行為の特定、時系列、関係者、ログ・証拠の確保。
- 影響評価:損害の範囲(直接損害・付随費用)を可視化。
- 過失認定:故意/重過失の有無、会社側の安全配慮義務・監督体制の相当性。
- 処分選択:懲戒は行為類型×相当性で、減給は91条上限厳守。
- 賠償協議:実損の範囲内で、合意の任意性を担保。
- 再発防止:教育・手順見直し・権限管理・保険活用・ルールの明文化。
就業規則・雇用契約の見直しチェックリスト
- 違約金・一律定額の損害金を定めていないか
- 減給の制裁は91条の上限に合致しているか
- 懲戒手続(弁明機会・審議体・記録)が整っているか
- 教育・資格費用の負担は実費×比例按分×免除事由×上限の設計か
- 貸与物・機密管理は原状回復+実損の原則で書けているか
- 競業避止は期間・地域・対象業務を限定し、代償を設けているか
- 身元保証条項に違約金・賠償予定を潜り込ませていないか
- 社内教育・台帳管理・二重チェック・事故報告の運用が回っているか
ここまでの要点まとめ
- 労働契約では賠償予定(違約金・定額損害金)は原則禁止(労基法16条)。
- 違反すれば刑事罰のリスク。条項は無効。
- 抑止は懲戒(91条の減給上限)、損害回復は実損立証で。
- 一律・自動・定額は危険。比例・相当・個別で設計。
- 研修費返還・競業避止・貸与物は実務設計次第で適法ゾーンに。
- 規程と運用はセットで。手続・記録・教育・再発防止まで整える。
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- まずは就業規則/雇用契約/誓約書の無効条項リスク診断から。
- 研修費返還・競業避止・貸与物管理などグレーゾーンの設計は、業界慣行や裁判例、監督実務を踏まえたオーダーメイドが安全です。
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