2025-10-30
法定労働時間とは?―中小企業がいま整えるべき「時間設計」と実務対応
はじめに
「人が足りない」「現場が忙しい」――そんなときほど、労働時間の運用がグレーになりがちです。しかし法定労働時間は賃金計算・36協定・働き方制度の“起点”であり、一つでも齟齬があると未払い残業や是正勧告のリスクが跳ね上がります。本稿では、中小企業・個人事業主向けに、法定労働時間の基礎から実務の落とし穴、制度設計のコツまでをコンパクトかつ実務直結で解説します。
法定労働時間の基本
法定労働時間とは
- 法律が上限として定める労働時間のこと。
- 原則は1日8時間・1週40時間。
- これを超える労働は時間外労働となり、割増賃金の支払いが必要(36協定の締結・届出も前提)。
44時間特例(小規模・特定の業種)
- 次の特定業種で常時10人未満の事業場は、1日8時間・1週44時間まで可。
- 商業
- 映画・演劇業(ただし映画製作事業は除外)
- 保健衛生業
- 接客娯楽業
- 18歳未満にはこの特例は適用不可(後述の年少者保護が優先)。
年少者(児童・18歳未満等)の上限
- 満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまでの児童を使用する場合、所轄労基署の認可が前提。
- 認可のもとでも、修学時間を通算して1日7時間・1週40時間が上限。
- 年少者は時間外・休日労働禁止、深夜(22:00~5:00)労働禁止が原則。
所定労働時間との違いを押さえる
- 法定労働時間:法律上の「上限」。
- 所定労働時間:会社が就業規則や雇用契約で自主的に定めた通常の労働時間(例:1日7.5時間・週37.5時間など)。
- 超過の起点
- 所定<法定:所定を超えた分は「法内残業」(割増不要)だが、日8h/週40h(または週44h特例)を超えた瞬間から割増が必要。
- 所定=法定:所定超過=法定超過=割増対象。
月の法定労働時間の考え方(賃金設計の勘所)
- 法は週ベースで規制(40h/週)。月換算は会社ルールで定めるのが実務的。
- 代表例:
- 年間ベース:40h × 52週 ÷ 12 ≒ 173.3h/月(単純週数で算定)
- 暦日ベース:40h × (365÷7) ÷ 12 ≒ 173.8h/月(平均週数で算定)
- いずれにせよ、就業規則や賃金規程で採用方法を明示し、固定残業・みなし時間等とも整合させることが重要。
割増賃金の原則と“組み合わせ”
基本レート
- 時間外(法定超過):+25%
- 法定休日労働:+35%(法定休日=原則週1日または4週4日)
- 深夜(22:00~5:00):+25%
- 月60時間超の時間外:+50%(中小企業にも適用)
組み合わせの例
- 時間外+深夜:25%+25%=50%
- 休日+深夜:35%+25%=60%
- 月60h超+深夜:50%+25%=75%
※ 就業規則・賃金規程で計算順序・端数処理を明確化しておくとトラブル防止に有効。
36協定(時間外・休日労働に不可欠)
36協定がないと時間外はさせられない
- 時間外・休日労働を行わせるには、労使で36協定(労働基準法36条)を締結し労基署へ届出が必須。
- 未届出の残業=違法。割増賃金の支払い義務は別途発生。
上限規制(原則と特別条項)
- 原則:月45時間・年360時間。
- 特別条項(臨時的特別の事情がある場合)を設ける場合でも、
- 年720時間以内
- 複数月平均80時間以内(休日労働含む)
- 単月100時間未満(休日労働含む)
をすべて同時に満たす必要。
- 特別条項は乱用不可。発動手続・対象業務・回数管理を文書化しておく。
44時間特例の実務ポイント
よくある誤解
- 誤:「どの小規模事業場でも44時間までOK」
- 正:対象“業種”かつ“常時10人未満”の事業場のみ。
- 誤:「18歳未満にも44時間が使える」
- 正:18歳未満は適用不可。
- 誤:「特例なら36協定は不要」
- 正:法定(週44h)を超えるなら時間外=36協定と割増が必要。
事業場ごとの判断
- 同一会社でも事業場単位で判断。人員が季節で増減する場合は、常時の解釈(平常時の常用人数)で判定し、記録を残すこと。
「法定労働時間×働き方制度」の正しい整理
変形労働時間制(1か月・1年)
- 忙閑の波に応じて日・週の時間を振替可能。
- **労使協定または就業規則整備+労基署届出(制度により要否異なる)**が必要。
- **総枠として週平均40h(または44h特例)**の枠内で設計。超えたら割増。
フレックスタイム制
- 清算期間内で総労働時間を調整(例:1~3か月)。
- 清算期間総枠>法定総枠になった分だけ時間外。
- コアタイム・フレキシブルタイムの設定は任意。規程の明確化が命。
事業場外みなし・裁量労働制
- みなし時間(または労働したとみなす時間)を適正に設定。
- みなしでも、深夜・休日の割増は別途必要になるケースに注意。
- 要件・手続(労使協定、労基署届出、労使委員会決議など)を厳守。
よくあるNG/是正ポイント
- 「法内残業」しか払っていない
- 所定7.5h制で日8h/週40h超の割増を落としていない事例。
- 固定残業(みなし残業)の設計ミス
- 対象手当の範囲・時間数・清算方法が不明確だと未払い発生。
- 36協定の範囲外運用
- 協定上限超え、届出期間の空白、事業場の切替漏れ。
- 深夜・休日の重畳割増の失念
- 「深夜+時間外」「休日+深夜」の加算漏れが定番。
- 44時間特例の誤適用
- 対象業種・人数要件の確認不足。
- 年少者の保護義務違反
- 認可や時間上限、深夜禁止の基本線を超えている。
実務チェックリスト(社内点検用)
- 就業規則・賃金規程に所定労働時間・端数処理の定義がある
- 法定休日(週1日/4週4日)を規程化し、勤務表で担保
- 36協定(一般・特別条項)の締結・届出・期限管理ができている
- 割増率(時間外・休日・深夜・月60h超)と重畳計算の手順を明文化
- 固定残業(対象手当・時間数・清算)のルールを明確化し、個別契約へ反映
- 44時間特例の業種・人数を事業場単位で確認し、証跡化
- 年少者の就業可否・時間規制・深夜禁止の運用手順を明文化
- 勤怠システムで週・月の法定超過を自動検知できる設定になっている
具体例で学ぶ:計算のミニケース
ケースA:所定7.5h×5日制(週37.5h)
- 今週40.5h働いた → 2.5hは「法内残業」ではなく、法定超過2.5hとして25%割増。
- 日ベースでも8h超があればその分は割増。
ケースB:深夜を含む時間外
- 22:00~23:00が時間外 → **25%+25%=50%**の割増。
- 月60hを超えていれば22:00~23:00は50%+25%=75%。
ケースC:44時間特例の事業場
- 週44hまでは法定内(割増不要)。44h超から割増+36協定が必要。
制度設計のすすめ(コストとリスクを同時に最適化)
1. まずは「事実」を整える
- 勤怠実績・シフト・休日運用を可視化。週次で法定超過アラートを出す。
2. 「働き方の器」を選ぶ
- 繁閑差が大きい:1か月/1年の変形。
- 日々の裁量が高い:フレックス(清算期間を最適化)。
- 外勤が中心:事業場外みなしの妥当性を検証。
- 専門職の自律性が高い:裁量労働制要件の充足を精査。
3. 賃金規程・個別契約を磨く
- 割増・固定残業・清算のルールを条文で具体化。
- 職種横断で統一しつつ、**例外(特例事業場、年少者等)**を明記。
4. 教育と監査で“運用力”を底上げ
- 管理職研修(シフト編成・36協定の上限管理・深夜/休日の重畳計算)。
- 半期ごとの社内監査で、是正と改善をPDCA化。
よくある質問(FAQ)
Q1. 所定7.5h制でも、1日8h超の割増は必要?
A. 必要です。日8h(または週40h)を超えた部分は法定外で割増対象。
Q2. 44時間特例はすぐに使える?
A. いいえ。事業場が対象業種かつ常時10人未満であることの証拠管理が要ります。さらに44h超は36協定+割増が必要。
Q3. 固定残業(みなし残業)があれば残業代はいらない?
A. 清算不要ではありません。固定でカバーする時間数を超えた分は別途支払いが必要。規程・契約・明細で内訳を明示しましょう。
Q4. 年少者の深夜帯シフトは?
A. 22:00~5:00は原則禁止。違反は重大リスク。業務設計から見直しを。
まとめ
- **法定労働時間=「1日8h・1週40h」(一部特例で週44h)**が“起点”。
- これを超えた労働は割増賃金が必要で、36協定が不可欠。
- 44時間特例・年少者保護・重畳割増・60h超50%などの細部が実務の成否を分けます。
- 勤怠の見える化 → 器の選択 → 規程整備 → 教育監査の順で、コストと法令順守を同時に達成しましょう。
まずはチェックから
- 就業規則・賃金規程の“時間周り”5分診断
- 36協定の上限設計レビュー
- 固定残業・清算ロジックの健康診断
中小企業の現場に即した改善提案を具体的な条文・運用フローまで落とし込みます。
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[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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