1株あたり利益(EPS)を武器にする方法――計算式・読み解き方・実務活用まで
はじめに
「うちの会社は上場していないからEPSは関係ない」――そう考える経営者の方は少なくありません。ですが、EPS(Earnings Per Share:1株あたり利益)は、上場・非上場を問わず、資本政策や役員報酬設計、ストックオプション、M&A、金融機関への説明、従業員持株会の設計にまで効く“万能の共通言語”です。
本稿では、中小企業経営者・個人事業主の皆さま向けに、EPSの正しい計算方法、見方、上げ方、落とし穴、実務への落とし込みをわかりやすく解説します。読み終えるころには、明日から自社の会議でEPSを使いこなせる状態を目指します。
EPSの基本:定義と計算式
EPSとは何か
EPSは「1株あたりの当期利益」を表す指標で、株主が保有する1株が生み出した利益を示します。利益の大きさを株数で割って“1株単位”に直すことで、発行株式数が異なる会社同士でも比較しやすくなります(※ただし比較のコツは後述)。
計算式(基本形)
EPS = 税引後当期利益 ÷ 発行済株式数(期中平均)
- 税引後当期利益:法人税等を控除後の最終利益(親会社株主に帰属する当期純利益を用いるのが一般的)
- 発行済株式数(期中平均):期中に増減がある場合は加重平均でならす(後述)
ポイント:期末株式数ではなく期中平均株式数を用いる。期中の増資・自己株式の取得・消却・株式分割などで株数が動くからです。
EPSが示すもの・示さないもの
EPSが示すもの
- 収益性の濃度:同じ利益でも株数が少ないほどEPSは高くなる
- 成長トレンド:時系列で伸びているかどうかは、企業の利益成長と資本政策の成果を映す
EPSが示さないもの
- キャッシュ創出力の確実性:会計上の利益は非資金費用や一時要因の影響を受ける
- 資本効率そのもの:ROEやROICとは役割が違う(併用が必要)
実務でよくある論点:加重平均・分割・一時要因
期中平均(加重平均)を使う理由
期首1,000,000株で、期中7月に100,000株増資した場合、単純に期末1,100,000株で割るのはNG。期首~6月は100万株、7月~期末は110万株という“株数の重み”が異なるため、月数で加重平均します。
例:
- 1~6月:1,000,000株 × 6/12 = 500,000
- 7~12月:1,100,000株 × 6/12 = 550,000
- 期中平均:1,050,000株
株式分割・併合はどう扱う?
- 株式分割(例:1→2)は、過去のEPSも遡及修正して比較可能性を確保します(株数が倍になる分、EPSも半分に調整)。
- 併合も同様に、遡及修正が原則。
一時要因(特別利益・特別損失)への注意
- 大型の固定資産売却益、補助金、減損損失などの一過性要因でEPSが跳ねる・落ちる場合があります。
- コアEPS(平常時の利益を抽出)でトレンド評価すると意思決定の精度が上がります。
希薄化(ディリューション)と潜在株式:希薄化後EPSを押さえる
なぜ希薄化を見るのか
新株予約権(ストックオプション)、転換社債、株式報酬などの潜在株式が行使されると、将来の発行済株式数が増え、EPSは低下する可能性があります。投資家も金融機関もここを重視します。
希薄化後EPS(Diluted EPS)の考え方
潜在株式が行使可能かつインザマネー(行使価額 < 平均株価)なら、最悪ケースを見積もって株数に織り込みます。
ストックオプションは自己株式取得法(Treasury Stock Method)で株数増分を算定するのが通例です。
ミニ演習:EPSの数値感覚を掴む
例① 基本のEPS
- 税引後当期利益:120,000,000円
- 期中平均株式数:1,000,000株
- EPS = 120,000,000 ÷ 1,000,000 = 120円
例② 自己株式取得(自社株買い)後
- 同じ利益:120,000,000円
- 期中平均株式数:900,000株(10%取得・消却を想定)
- EPS = 120,000,000 ÷ 900,000 = 133.33…円(約133.33円)
→ 利益は同じでも株数が減ればEPSは上がる。
例③ ストックオプションの希薄化影響
- 前提:上記②の状態(株数900,000株)
- 期中平均株価:1,000円
- 行使可能な新株予約権:100,000株、行使価額500円
- 行使による会社受領額:100,000株 × 500円 = 50,000,000円
- 自己株式取得法:受領額で50,000,000 ÷ 1,000 = 50,000株を市場で取得できると仮定
- 純増株数 = 100,000 − 50,000 = 50,000株
- 希薄化後の株式数 = 900,000 + 50,000 = 950,000株
- 希薄化後EPS = 120,000,000 ÷ 950,000 ≒ 126.32円
→ 自社株買いで133.33円に上がっても、潜在株式を織り込むと約126.32円に低下。
資本政策は“希薄化後”で語るのが実務の鉄則です。
EPSを「上げる」戦略
1. 本業の増益(王道)
- 価格戦略(値上げ・付加価値化)
- ミックス改善(粗利の高い製品・顧客の比率を上げる)
- 固定費のスリム化、原価の標準化・可視化
- 生産性向上(自動化・IT化・業務改善助成金の活用 など)
2. 自社株消却・自社株買い(資本政策)
- 利益が一定でもEPSを押し上げる効果がある
- ただし資金流出や財務安全性とのバランスが必須
- 少数株主対応・相続対策・MBO・従業員持株会の設計と絡めて計画的に
3. ストックオプション設計の最適化
- 付与量・行使価額・業績条件・退職時取り扱いを希薄化とリテンションの両面で最適化
- 利益成長>希薄化を前提に設計する
指標としての活用:“同業他社比較より自社の時系列”が基本
- 発行株式数が違う会社同士の単純比較は危険。
- 自社のEPSが安定的に伸びているかを時系列で評価するのが王道。
- 他社比較をするなら、希薄化後EPS、一時要因調整後のEPS(コアEPS)、株式分割の遡及修正をそろえてから。
EPSと併用したい関連指標
PER(株価収益率)
- PER = 株価 ÷ EPS
- 株価水準の妥当性をざっくり評価。非上場ならDCF評価やマルチプルの参考に。
ROE(自己資本利益率)
- ROE = 当期利益 ÷ 自己資本
- EPSは“1株の利益量”、ROEは“株主資本に対する収益性”。併用で資本効率を把握。
FCF per Share(1株あたりフリーキャッシュフロー)
- 会計利益では見えにくい現金創出力を“1株単位”で把握。
- 設備投資が重い企業はEPSと併用すると実像が見える。
実務導入の手順
手順1|定義の固定(社内ルール化)
- 使う利益の定義(連結/単体、コア/報告値)
- 期中平均株式数の算出手順(分割遡及・自己株の扱い)
- 希薄化後EPSの前提(潜在株式の範囲、株価の平均期間)
手順2|月次・四半期のルーチン化
- 試算表確定→EPS仮計算→役員会資料へ
- 一時要因の注記、コアEPSの併記
手順3|KPI・報酬・SO(ストックオプション)への接続
- 役員賞与:EPS成長率や希薄化後EPSの達成度と連動
- 幹部SO:行使条件として3年平均のEPS成長やFCF per Shareを設定
手順4|金融機関・投資家・従業員への説明
- 時系列グラフでEPS推移、希薄化要因の棚卸し
- 中期計画でEPSターゲットと**資本政策(自社株、SO、M&A)**の整合を明示
よくある落とし穴と対策
落とし穴1|“増益なのにEPSが伸びない”
- 期中の増資やSO行使で株数が増えている可能性
- 対策:希薄化後EPSでモニタリング、資本政策の総量規制
落とし穴2|“一発の特別利益で過大評価”
- 事業再編や資産売却で一時的にEPSが跳ねる
- 対策:コアEPS、3年平均、FCF per Share併記
落とし穴3|“株式分割後に比較崩壊”
- 過去のEPSを遡及修正していない
- 対策:分割比率に応じて過去数値を必ず修正
落とし穴4|“非上場だから情報不足”
- 社内で株価モデル(DCFやマルチプル)を仮置きし、SOの公正価値・希薄化影響を見積もる
主要会計トピックの注意点(サクッと把握)
- 連結ベースが原則(親会社株主に帰属する当期純利益)
- 自己株式は通常、発行済株式数から除外
- 潜在株式はインザマネー分のみ希薄化後EPSに反映(自己株式取得法 など)
- 会計方針変更や税効果でEPSが動くため、注記と補足説明が大切
非上場・中小企業ならではの活用シーン
- 事業承継・株価対策:EPS成長と配当方針で株主リターン設計
- M&A交渉:買収/売却の価格目線にEPS・PERを併用
- 従業員持株会:取得単価・配当とセットで**“働くインセンティブ”**を設計
- 金融機関交渉:利益の質(コアEPS)や希薄化後EPSを示し、説得力を強化
導入チェックリスト(社内整備のたたき台)
- EPSの算定基準(利益・株数・希薄化)の社内規程化
- 月次・四半期のEPS速報運用
- 一時要因の注記ルール
- SO・新株予約権の付与設計・開示テンプレ
- 中期計画でのEPSターゲティングと資本政策の整合
- 金融機関・株主・従業員向け説明テンプレの整備
まとめ:EPSは“数字”ではなく“経営の物差し”
EPSは、利益成長と資本政策のバランスを測る経営の物差しです。
基本EPSで“現状の濃度”を、希薄化後EPSで“最終着地(最悪ケース)”を、コアEPS/FCF per Shareで“質”を捉える――この三位一体ができれば、上場・非上場に関わらず、投資家と同じ視点で会社をマネジメントできます。明日からの役員会資料に、まずは**「基本EPS」「希薄化後EPS」「注記(特別要因)」**の3点セットを加えてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 赤字の年はEPSはどう表示しますか?
A. **マイナス表示(例:−50円)**が一般的。併せてコアEPS・再建計画の説明を。
Q2. 株式分割をしたらEPSは半分になりますか?
A. 表面的には半分になりますが、過去数値を遡及修正して比較すれば、実質の変化はありません。
Q3. 非上場でも希薄化後EPSは必要?
A. 必要です。SOや転換社債を使うなら、潜在株式の影響は必ず可視化しましょう。
Q4. どの頻度でモニタリングすべき?
A. 最低でも四半期ごと。資本政策を動かす場合は月次の試算が望ましいです。
お問い合わせは当法人へ
「自社のEPS計算テンプレ」「希薄化後EPSの棚卸し」「SO設計(付与量・行使条件)」「金融機関向け説明資料」を、そのまま使える形でご提供します。
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[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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