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【徳島を拠点に全国対応】企業の経営課題を共に解決すべく専門家(社会保険労務士/中小企業診断士)として活動しています。
2025-11-05

1株あたり利益(EPS)を武器にする方法――計算式・読み解き方・実務活用まで

はじめに

「うちの会社は上場していないからEPSは関係ない」――そう考える経営者の方は少なくありません。ですが、EPS(Earnings Per Share:1株あたり利益)は、上場・非上場を問わず、資本政策や役員報酬設計、ストックオプション、M&A、金融機関への説明、従業員持株会の設計にまで効く“万能の共通言語”です。
本稿では、中小企業経営者・個人事業主の皆さま向けに、EPSの正しい計算方法、見方、上げ方、落とし穴、実務への落とし込みをわかりやすく解説します。読み終えるころには、明日から自社の会議でEPSを使いこなせる状態を目指します。

EPSの基本:定義と計算式

EPSとは何か

EPSは「1株あたりの当期利益」を表す指標で、株主が保有する1株が生み出した利益を示します。利益の大きさを株数で割って“1株単位”に直すことで、発行株式数が異なる会社同士でも比較しやすくなります(※ただし比較のコツは後述)。

計算式(基本形)

EPS = 税引後当期利益 ÷ 発行済株式数(期中平均)

  • 税引後当期利益:法人税等を控除後の最終利益(親会社株主に帰属する当期純利益を用いるのが一般的)
  • 発行済株式数(期中平均):期中に増減がある場合は加重平均でならす(後述)

ポイント:期末株式数ではなく期中平均株式数を用いる。期中の増資・自己株式の取得・消却・株式分割などで株数が動くからです。

EPSが示すもの・示さないもの

EPSが示すもの

  • 収益性の濃度:同じ利益でも株数が少ないほどEPSは高くなる
  • 成長トレンド:時系列で伸びているかどうかは、企業の利益成長と資本政策の成果を映す

EPSが示さないもの

  • キャッシュ創出力の確実性:会計上の利益は非資金費用や一時要因の影響を受ける
  • 資本効率そのもの:ROEやROICとは役割が違う(併用が必要)

実務でよくある論点:加重平均・分割・一時要因

期中平均(加重平均)を使う理由

期首1,000,000株で、期中7月に100,000株増資した場合、単純に期末1,100,000株で割るのはNG。期首~6月は100万株、7月~期末は110万株という“株数の重み”が異なるため、月数で加重平均します。

  • 1~6月:1,000,000株 × 6/12 = 500,000
  • 7~12月:1,100,000株 × 6/12 = 550,000
  • 期中平均:1,050,000株

株式分割・併合はどう扱う?

  • 株式分割(例:1→2)は、過去のEPSも遡及修正して比較可能性を確保します(株数が倍になる分、EPSも半分に調整)。
  • 併合も同様に、遡及修正が原則。

一時要因(特別利益・特別損失)への注意

  • 大型の固定資産売却益、補助金、減損損失などの一過性要因でEPSが跳ねる・落ちる場合があります。
  • コアEPS(平常時の利益を抽出)でトレンド評価すると意思決定の精度が上がります。

希薄化(ディリューション)と潜在株式:希薄化後EPSを押さえる

なぜ希薄化を見るのか

新株予約権(ストックオプション)、転換社債、株式報酬などの潜在株式が行使されると、将来の発行済株式数が増え、EPSは低下する可能性があります。投資家も金融機関もここを重視します。

希薄化後EPS(Diluted EPS)の考え方

潜在株式が行使可能かつインザマネー(行使価額 < 平均株価)なら、最悪ケースを見積もって株数に織り込みます。
ストックオプションは自己株式取得法(Treasury Stock Method)で株数増分を算定するのが通例です。

ミニ演習:EPSの数値感覚を掴む

例① 基本のEPS

  • 税引後当期利益:120,000,000円
  • 期中平均株式数:1,000,000株
  • EPS = 120,000,000 ÷ 1,000,000 = 120円

例② 自己株式取得(自社株買い)後

  • 同じ利益:120,000,000円
  • 期中平均株式数:900,000株(10%取得・消却を想定)
  • EPS = 120,000,000 ÷ 900,000 = 133.33…円(約133.33円

利益は同じでも株数が減ればEPSは上がる。

例③ ストックオプションの希薄化影響

  • 前提:上記②の状態(株数900,000株)
  • 期中平均株価:1,000円
  • 行使可能な新株予約権:100,000株、行使価額500円
  • 行使による会社受領額:100,000株 × 500円 = 50,000,000円
  • 自己株式取得法:受領額で50,000,000 ÷ 1,000 = 50,000株を市場で取得できると仮定
  • 純増株数 = 100,000 − 50,000 = 50,000株
  • 希薄化後の株式数 = 900,000 + 50,000 = 950,000株
  • 希薄化後EPS = 120,000,000 ÷ 950,000 ≒ 126.32円

→ 自社株買いで133.33円に上がっても、潜在株式を織り込むと約126.32円に低下
資本政策は“希薄化後”で語るのが実務の鉄則です。

EPSを「上げる」戦略

1. 本業の増益(王道)

  • 価格戦略(値上げ・付加価値化)
  • ミックス改善(粗利の高い製品・顧客の比率を上げる)
  • 固定費のスリム化、原価の標準化・可視化
  • 生産性向上(自動化・IT化・業務改善助成金の活用 など)

2. 自社株消却・自社株買い(資本政策)

  • 利益が一定でもEPSを押し上げる効果がある
  • ただし資金流出財務安全性とのバランスが必須
  • 少数株主対応・相続対策・MBO・従業員持株会の設計と絡めて計画的に

3. ストックオプション設計の最適化

  • 付与量・行使価額・業績条件・退職時取り扱いを希薄化とリテンションの両面で最適化
  • 利益成長>希薄化を前提に設計する

指標としての活用:“同業他社比較より自社の時系列”が基本

  • 発行株式数が違う会社同士の単純比較は危険
  • 自社のEPSが安定的に伸びているかを時系列で評価するのが王道。
  • 他社比較をするなら、希薄化後EPS一時要因調整後のEPS(コアEPS)株式分割の遡及修正をそろえてから。

EPSと併用したい関連指標

PER(株価収益率)

  • PER = 株価 ÷ EPS
  • 株価水準の妥当性をざっくり評価。非上場ならDCF評価やマルチプルの参考に。

ROE(自己資本利益率)

  • ROE = 当期利益 ÷ 自己資本
  • EPSは“1株の利益量”、ROEは“株主資本に対する収益性”。併用で資本効率を把握

FCF per Share(1株あたりフリーキャッシュフロー)

  • 会計利益では見えにくい現金創出力を“1株単位”で把握。
  • 設備投資が重い企業はEPSと併用すると実像が見える。

実務導入の手順

手順1|定義の固定(社内ルール化)

  • 使う利益の定義(連結/単体、コア/報告値)
  • 期中平均株式数の算出手順(分割遡及・自己株の扱い)
  • 希薄化後EPSの前提(潜在株式の範囲、株価の平均期間)

手順2|月次・四半期のルーチン化

  • 試算表確定→EPS仮計算→役員会資料へ
  • 一時要因の注記、コアEPSの併記

手順3|KPI・報酬・SO(ストックオプション)への接続

  • 役員賞与:EPS成長率希薄化後EPSの達成度と連動
  • 幹部SO:行使条件として3年平均のEPS成長FCF per Shareを設定

手順4|金融機関・投資家・従業員への説明

  • 時系列グラフでEPS推移、希薄化要因の棚卸し
  • 中期計画でEPSターゲットと**資本政策(自社株、SO、M&A)**の整合を明示

よくある落とし穴と対策

落とし穴1|“増益なのにEPSが伸びない”

  • 期中の増資やSO行使で株数が増えている可能性
  • 対策:希薄化後EPSでモニタリング、資本政策の総量規制

落とし穴2|“一発の特別利益で過大評価”

  • 事業再編や資産売却で一時的にEPSが跳ねる
  • 対策:コアEPS、3年平均、FCF per Share併記

落とし穴3|“株式分割後に比較崩壊”

  • 過去のEPSを遡及修正していない
  • 対策:分割比率に応じて過去数値を必ず修正

落とし穴4|“非上場だから情報不足”

  • 社内で株価モデル(DCFやマルチプル)を仮置きし、SOの公正価値・希薄化影響を見積もる

主要会計トピックの注意点(サクッと把握)

  • 連結ベースが原則(親会社株主に帰属する当期純利益)
  • 自己株式は通常、発行済株式数から除外
  • 潜在株式はインザマネー分のみ希薄化後EPSに反映(自己株式取得法 など)
  • 会計方針変更税効果でEPSが動くため、注記と補足説明が大切

非上場・中小企業ならではの活用シーン

  • 事業承継・株価対策:EPS成長と配当方針で株主リターン設計
  • M&A交渉:買収/売却の価格目線にEPS・PERを併用
  • 従業員持株会:取得単価・配当とセットで**“働くインセンティブ”**を設計
  • 金融機関交渉利益の質(コアEPS)や希薄化後EPSを示し、説得力を強化

導入チェックリスト(社内整備のたたき台)

  • EPSの算定基準(利益・株数・希薄化)の社内規程化
  • 月次・四半期のEPS速報運用
  • 一時要因の注記ルール
  • SO・新株予約権の付与設計・開示テンプレ
  • 中期計画でのEPSターゲティングと資本政策の整合
  • 金融機関・株主・従業員向け説明テンプレの整備

まとめ:EPSは“数字”ではなく“経営の物差し”

EPSは、利益成長と資本政策のバランスを測る経営の物差しです。
基本EPSで“現状の濃度”を、希薄化後EPSで“最終着地(最悪ケース)”を、コアEPS/FCF per Shareで“質”を捉える――この三位一体ができれば、上場・非上場に関わらず、投資家と同じ視点で会社をマネジメントできます。明日からの役員会資料に、まずは**「基本EPS」「希薄化後EPS」「注記(特別要因)」**の3点セットを加えてみてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 赤字の年はEPSはどう表示しますか?
A. **マイナス表示(例:−50円)**が一般的。併せてコアEPS・再建計画の説明を。

Q2. 株式分割をしたらEPSは半分になりますか?
A. 表面的には半分になりますが、過去数値を遡及修正して比較すれば、実質の変化はありません

Q3. 非上場でも希薄化後EPSは必要?
A. 必要です。SOや転換社債を使うなら、潜在株式の影響は必ず可視化しましょう。

Q4. どの頻度でモニタリングすべき?
A. 最低でも四半期ごと。資本政策を動かす場合は月次の試算が望ましいです。

お問い合わせは当法人へ

「自社のEPS計算テンプレ」「希薄化後EPSの棚卸し」「SO設計(付与量・行使条件)」「金融機関向け説明資料」を、そのまま使える形でご提供します。
まずは30分の無料ヒアリングで、御社の損益構造と資本政策の現状を確認し、最短でEPSを“経営の物差し”にする実装計画をご提案します。お気軽にご相談ください。

[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]

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