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【徳島を拠点に全国対応】企業の経営課題を共に解決すべく専門家(社会保険労務士/中小企業診断士)として活動しています。
2025-11-11

複線型人事制度とは何か――中小企業が“人の力”を最大化する実践ガイド

はじめに、複線型人事制度は「管理職への昇進」を唯一の成功モデルとせず、専門職としての価値創出を同等に評価・処遇するための仕組みです。ビジネスの多角化・複雑化、組織のフラット化、従業員のキャリア志向の多様化を背景に、画一的な人事管理を見直して“多様性を備えた管理のしくみ”へと移行する企業が増えています。中小企業にとっても、採用難・定着難の時代に優秀人材を惹きつけ、育て、報いるための有力な打ち手です。本稿では、制度の狙いから設計手順、評価・処遇のポイント、運用上の落とし穴、導入ロードマップまでを、実務目線で解説します。

複線型人事制度の基本理解

背景と定義

かつての日本的組織はラインマネジャーを頂点とするヒエラルキーで動き、昇進の王道は管理職でした。しかし近年は、組織のフラット化やモジュール化が進み、従業員の専門志向が高まる中で、「管理職一択」のキャリアは魅力を失いつつあります。複線型人事制度は、こうした変化に対応し、管理職コース専門職コースなど複数のキャリアパスを並立させ、それぞれに合った評価・等級・報酬を設ける仕組みです。企業の機能・役割・業務に応じた職種(ジョブファミリー)を設定し、職種ごとに最適な人材マネジメント(評価・処遇・育成)を行うことが中核となります。また、従業員が自らコースを選択できる運用は、リテンション(定着)の有効策として注目されています。

中小企業にとっての意義

中小企業は「少数精鋭」で価値を出す必要があります。複線型は、管理職を望まない卓越した専門人材にも昇給・昇格・称賛の明確ルートを用意でき、採用力と定着力を底上げします。併せて、人件費の使い方を「役割価値」と結びつけやすくなり、限られた原資を戦略領域へ配分しやすくなります。

仕組みの全体像

二つ(以上)の“線”を設ける

一般的には、マネジメント(M)コーススペシャリスト(S)コースを並走させます。Mは人・予算・成果の統合責任、Sは技術・知識・ノウハウによる価値創出責任を負います。両コースは等級レンジを平行に設計し、上位等級では同等水準の報酬上限に到達できるようにします。「管理か専門か」の選択で不利が出ない構造が肝です。

職種(ジョブファミリー)と役割グレード

営業、製造、開発、品質、コーポレートなどの職種軸に、役割の大きさ(スコープ・難易度・影響度)を表すグレード軸を掛け合わせ、**職務記述書(ジョブディスクリプション)**で期待成果と責任範囲を明確化します。これにより、評価基準・報酬レンジ・昇格要件をロジカルに結びつけられます。

コース変更(モビリティ)

キャリアの節目でM⇄Sの相互乗り入れを可能にします。条件は事前定義(スキル証明、実績基準、選考フロー等)とし、恣意性を排除します。これにより“やってみて違った”を許容し、長期的な能力発揮を促します。

導入のメリット

経営面

戦略に沿った人材配分が進み、要の専門領域に投資しやすくなります。プレイヤーのまま高年収に到達できるため、優秀な現場エースの流出を防止し、技術伝承・品質の安定に寄与します。

人事面

評価・報酬の根拠が役割価値に連動しやすく、説明責任を果たしやすくなります。採用広報では「二つの成功モデル」を提示でき、応募の質が上がる傾向があります。

従業員面

「管理職は向かないが専門で勝負したい」「子育て期は個人貢献に集中したい」など、ライフステージや志向に合わせた選択が可能になり、エンゲージメントが高まります。

想定される課題と失敗パターン

名ばかり専門職化

肩書だけを増やし報酬レンジが並走しないと、Sコースが“二等社員化”し制度は不信を招きます。上限年収の対等性を設計段階で担保することが必須です。

サイロ化と連携不全

MとSの溝が深まると、意思決定や実行が遅れます。共同KPIプロジェクト評価を仕組みに組み込み、相互依存を可視化することが重要です。

評価基準の曖昧さ

専門成果の測定が曖昧だと形骸化します。**アウトカム指標(例:歩留まり改善率、コード品質、特許・論文、顧客満足、標準化貢献)**を職種別に定義しましょう。

コース変更の閉塞

“行きはよいよい、戻りは厳しい”では柔軟性が死にます。年度ごとの応募窓口と公募制、ブリッジ研修、試用的アサインなどでモビリティを制度化します。

設計手順(中小企業の実務プロセス)

1. 目的とスコープの明確化

採用強化か、定着改善か、技術の底上げか。最重要KPI(離職率、採用充足、原価改善、リードタイム短縮 等)を最初に決め、制度の“勝ち筋”を共有します。

2. コース設計と職種体系

M/Sの二本柱を基本に、事業特性によりプロジェクトマネジメントや顧客価値創造の専任トラックを追加してもよい。現行ポストを棚卸しし、将来の事業地図に照らして職種を再編します。

3. 役割グレードと職務記述書

各等級ごとに、期待成果・裁量範囲・意思決定の重みを文章化します。**“できることリスト”ではなく“任せる結果”**で記述するのがポイントです。

4. 評価制度(成果+専門性)

Mはチーム成果・コスト・育成、Sは技術成果・品質・標準化・知識共有などを重み付けします。**コンピテンシー(行動特性)**は共通版と職種別追加版の2層に分け、評価会議でキャリブレーションを実施します。

5. 処遇設計(レンジ&ペイミックス)

等級ごとにレンジ幅を設定し、昇格と昇給を分離。市場性が高いスキルにはスキル手当クリティカルスキル給を紐づけます。賞与は事業KPI×個人寄与の二段構えにするのが運用しやすい設計です。

6. コース変更のルール化

応募要件、選考プロセス、移行後の試用期間、待遇の取り扱いを事前に明文化。透明性が信頼を生みます。

7. 労務・規程整備

就業規則・賃金規程・評価規程・各種手当規程を整合させ、同一価値労働同一賃金の観点でバランスを検証します。不利益変更が絡む場合は、手続と周知を丁寧に。

8. トライアルと段階導入

まずは1~2職種×2等級でパイロット。半年運用し、評価会議の所見・従業員サーベイ・原価データで改善。勝ち筋が見えたら全社展開します。

評価・処遇の実装ポイント

役割×専門性の二軸

「役割グレード(責任の大きさ)」と「専門性レベル(深さ・希少性)」をマトリクスで管理します。同じ役割でも、専門性が高いほどレンジ上限に近づける運用が可能です。

アウトカム設計

Sコースはアウトプット量より**アウトカム(業績・品質・標準化への寄与)**で評価します。例:不良率●%改善、リリース頻度●倍、重要顧客の解約率●%抑制、社内教育の受講後定着率●% など。

内部公平と外部競争の両立

同種役割の社内横比較(内部公平)と、労働市場データ(外部競争)を年1回見直します。**“市場レート→等級レンジ→個人ポジション”**の順で点検すると整合が取りやすいです。

コース選択とリテンション施策

自己選択のタイミング

新卒3年目前後、主任・チーフ昇格時、子育て・介護の節目などにキャリア対話を設け、M/Sの意思確認を行います。メンター制度やシャドーアサインで実地理解を促します。

報酬以外の報い

Sコースには表彰・登壇・社内標準の命名権・特許報奨など、可視化される称賛の仕掛けが有効です。キャリアの“誇り”を制度に埋め込みます。

導入でつまずかないための法務・労務留意点

制度変更が既存の労働条件に影響する場合、不利益変更とならないよう十分な説明・合意形成・経過措置が必要です。評価・賃金の差異は職務の内容・責任・成果という合理的理由に基づき、均衡・均等待遇の観点で文書化しておきます。配置転換・コース変更の要件や手続も就業規則や内規に明記し、恣意性の疑義を排します。

KPIとモニタリング

導入の効果は、離職率(特に高パフォーマー)、採用充足率、昇格スピードの偏り、性別・年齢・職種による処遇ギャップ、教育投資の回収指標(品質・原価・納期)で追いましょう。四半期ごとの評価会議レビューと年次のレンジ見直しを回すことが、制度の鮮度を保つコツです。

6か月導入ロードマップ(モデル)

前月~1か月目:診断

事業戦略・役割棚卸し・人件費構造を見える化し、KPI仮説を設定します。

2~3か月目:設計

コース設計、職種体系、等級レンジ、評価項目、コース変更ルールをドラフト化し、代表職種で職務記述書を整備します。

4か月目:労務整備・説明

規程改定案を作成し、管理職・従業員説明会、評価者トレーニングを実施します。

5~6か月目:パイロット運用

対象部門で試行し、評価会議を回して実データで補正。フィードバックを踏まえ制度版を確定します。

よくある疑問への実務回答

Q. 小規模でも必要か?

A. 「人数が少ないほど人材のミスマッチが痛い」ため、簡素でも明確な二本立ては有効です。まずはレンジの上限対等性と職務記述の明確化から始めましょう。

Q. 評価が主観的になりがちです

A. 成果・影響・再現性の3観点でエビデンス必須とし、評価会議でキャリブレーションを行います。ピアレビューや技術レビューの結果を補助資料にします。

Q. 報酬原資が限られています

A. 一律の昇給を抑え、役割価値とクリティカルスキルに重点配分します。昇格と昇給を分け、レンジ内ポジションの見直しで機動力を確保します。

まとめ:二つの成功モデルが、組織の強さをつくる

複線型人事制度は、管理職への昇進だけを成功の物差しにせず、専門性による価値創出を同等に称賛する仕組みです。ビジネスの多角化・複雑化、組織のフラット化、就労意識の多様化という現実に、人事の“解像度”で応えるアプローチと言えます。中小企業にとっても、採用力・定着力・生産性を同時に高める効果が期待できます。鍵は、役割に根差した評価と、対等な処遇設計、そして透明な運用です。まずは代表職種でのパイロットから、貴社版の“二つの成功モデル”づくりを始めましょう。

お問い合わせ(CTA)

複線型人事制度の初期診断(現状の職務・等級・評価・報酬の整合チェック)から、職務記述書テンプレートの整備、等級レンジ・評価項目の設計、規程改定・説明会・評価者研修まで、一気通貫でサポートします。

[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]

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