シンプルで強い賃金制度へ――「ブロードバンディング」完全ガイド
はじめに
人材の役割や責任が高速で入れ替わる時代、細かく分かれた等級・等差は運用が重くなり、異動や昇給のたびに「制度の壁」にぶつかりがちです。**ブロードバンディング(Broadbanding)は、資格・職務等級を細かく区切らず、ある程度の範囲を大きなバンド(帯)**で括るシンプルな賃金・等級の設計思想。近年は、職務の入れ替わりが早い中小企業での導入が増えています。本稿では、仕組み・メリット/デメリット・設計手順・サンプルレンジ・法的留意点まで、実務でそのまま使えるレベルで解説します。
ブロードバンディングとは
定義
ブロードバンディングは、**小刻みな等級を統合して少数の広い等級(=バンド)**に再編する仕組みです。
狙いは次の3つです。
- 機動性:役割・責任の見直しと人材の異動を早くする
- 運用の簡素化:職務や等級の頻繁な見直しに伴う事務負担を削減
- 分かりやすさ:等級の違いを直感的に理解できる制度にする
従来制度との違い
- 職能等級(スキル・熟練度)中心:昇格の要件が増え、運用が複雑化しやすい
- 職務等級(ジョブ)中心:市場水準との整合は取りやすいが、職務変更時の再評価が頻発
- ブロードバンド:**「役割・責任の幅」**を主軸に少数のバンドで運用。横移動も昇給設計で吸収しやすい
向いている企業像
- 組織や商品構成の変化が早い
- 人数が少なく一人二役が常態
- 昇進段数を短縮し、キャリアの見通しを良くしたい
メリットとデメリット
メリット
- スピード対応:新規事業・配置転換・役割拡張を等級変更なしで吸収
- 人件費の見える化:バンド×給与レンジで原価化/予算化が容易
- キャリアの明快化:昇格段数が減り、到達目標が明確
- 横断的人材活用:部門横断の**“キャリア・ラティス”**(縦横キャリア)を設計しやすい
デメリット/リスク
- 裁量依存の偏り:管理者の裁量で評価のばらつきが生じやすい
- 賃金逆転:広いレンジゆえ、同一バンド内の逆転が起きる可能性
- 説明責任の難度:昇格の“段差”が少ない分、昇給根拠の言語化が不可欠
- 導入初期コスト:移行時のレッドサークル/グリーンサークル(上限超過/下限未満者)の処理が必要
法的・制度上の留意点(日本)
不利益変更の禁止(労働契約法)
現行制度からの移行で賃金引下げ等の不利益が出る場合、原則として個別同意や合理性の確保が必要。就業規則変更のみでは足りない場面が多いため、経過措置を設計しましょう。
同一労働同一賃金
同一バンドでも、職務内容・責任・成果が異なると処遇差の合理性を説明できるよう**“期待役割基準”を明文化。手当・賞与の評価尺度**も紐づけます。
賃金支払の5原則・最低賃金
広いレンジでも最低賃金適合と毎月払い・通貨払い等の原則は当然遵守。
制度設計=人事の自由ではなく、法令と整合するガバナンスが大前提です。
設計の基本手順(6ステップ)
1. ジョブファミリー設計
- 例:営業、コーポレート、製造/オペレーション、開発/IT、カスタマーサクセス
- 同種の価値提供を束ね、横比較がしやすい粒度にまとめます。
2. バンド(広い等級)の数を決める
- 推奨:3~5バンド(多くても7まで)。中小企業なら4バンドが運用容易。
- 例:Band 1(担当)/ Band 2(上級・リーダー)/ Band 3(マネジャー)/ Band 4(部門責任者)
3. レンジ設計(ミッドポイント・幅・オーバーラップ)
- **ミッドポイント(市場中央値)**を決め、**レンジ幅は±15~25%**を目安に。
- バンド間オーバーラップは**20~30%**程度に設定するとスムーズな横移動が可能。
- 例:Band 2が28万~40万、Band 3が35万~55万のように一部重なる設計。
4. 期待役割とスキルアーキテクチャ
- 各バンドに**“期待成果・責任範囲・意思決定権限”を記述(1ページ程度の役割定義書**)。
- スキルは必須/望ましいに分け、研修・OJTと紐づける。
5. 移行ルール(レッド/グリーンサークル)
- 上限超過(レッド):昇給停止・一時金寄せ・役割再設計などで自然収斂
- 下限未満(グリーン):段階是正(例:半年でレンジ内へ)を明文化
6. 昇給・賞与・昇格の運用
- 昇給:評価×レンジ位置(P×C)マトリクスで配分
- 例:評価S/A/B/C × レンジ下位/中央/上位で昇給率を可変
- 賞与:会社業績×部門業績×個人評価の三層
- 昇格:期待役割の持続的達成と次バンドの一部役割を代替できること
モデル設計サンプル(中小企業・月例給与)
地域・業界相場により調整必須。以下はイメージです。
バンドとレンジ
- Band 1(担当):230,000~320,000円
- 例:定型業務、個人目標の達成
- Band 2(上級/リーダー):280,000~400,000円
- 例:小規模プロジェクト主担当、後輩育成
- Band 3(マネジャー):350,000~550,000円
- 例:チーム目標の策定と達成、採用・評価
- Band 4(部門責任):500,000~800,000円
- 例:事業KPI責任、予算/投資判断、対外折衝
昇給テーブル(例)
- S:4.0~6.0% / A:2.0~3.5% / B:0.5~1.5% / C:0%
- レンジ上位者は低率、レンジ下位者は高率で追い上げる(コンパレートレシオ是正)
移行時の処理
- レッド:昇給は一時停止、一時金・特別手当に置換(総額人件費管理)
- グリーン:半年で2段階是正(初回で50%、2回目で100%)
評価・等級を運用で“回す”ための要点
1on1と四半期レビュー
- 「期待役割→成果→報酬」の線を毎期言語化。
- 1on1は目標の再定義と**学習機会(動機×手段)**の合意に活用。
役割の更新速度
- 新規事業や工程変更時は役割定義書の版上げ(v1.1→v1.2)で追随。
- 更新は**“職務発生から30日以内”**を内規化。
情報公開の範囲
- バンド構造・レンジ幅は全社公開。ミッドポイントやマーケットデータは人事限りでも可。
- 昇給原資と配分ロジックは年1回の全社説明で信頼を担保。
よくあるつまずきと対策
① 「広すぎて不公平」に映る
- レンジ位置(下位/中央/上位)の定義と是正ルールを明文化。
- 例:同一バンド・同職務で連続2期Sならレンジ中央以上を保証。
② “昇格減少=モチベ低下”
- 段差が減る分、**報酬・役割の“マイクロステップ”**を用意(リーダー手当、職務拡張手当、専門認定など)。
③ 管理者の目利きが追いつかない
- 評価ガイド(事例集)とキャリブレーション会議でばらつき抑制。
- 年2回、部門横断レビューを必須化。
④ 法的リスクが怖い
- 不利益変更が出る場合は個別同意+経過措置の二段構え。
- 就業規則・賃金規程・評価規程を同時更新し、文言の整合を取る。
FAQ(よくある質問)
Q1:職能資格や等級制度があるが、そのまま使える?
はい。既存等級を統合してバンド化し、評価・昇給ロジックをブロード向けに再設計します。
Q2:バンドは何個が正解?
3~5個が目安。人員100名未満なら4個が運用しやすい。
Q3:専門職の高給をどう扱う?
専門職トラックを同一バンドに並走させ、専門給/認定で差を表現。管理職へ無理に寄せない。
Q4:市場データが手に入らない
まずは社内中央値から始め、採用・離職データで毎年補正。外部調査は重要職種だけスポット購入も有効。
まとめ
ブロードバンディングは、変化の速い中小企業に合う、軽く強い賃金・等級の設計です。広めのバンドで人材機動性を高め、運用の簡素化と説明責任の明確化を両立できます。成功のカギは、期待役割の言語化、レンジ位置の是正ルール、法令整合、そして定点観測KPI。まずは既存制度をざっくり棚卸しし、**「4バンド+±20%レンジ」**の試算から着手しましょう。
問い合わせ(無料ヒアリングのご案内)
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[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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