中小企業が必ず押さえるべき「賃金支払の5原則」完全ガイド――違反ゼロの給与運用
はじめに:その支払い、本当に“合法”ですか?
賃金は「労働の対価」。だからこそ、いつ・どう払うかは労働基準法で厳格に決められています。とくに実務で必ず守るべきなのが賃金支払の5原則。ここを外すと、労働基準監督署から是正指導のほか、30万円以下の罰金のリスクも(労基法120条・罰則)。本稿では中小企業・個人事業主の視点で、条文の趣旨・例外・ありがちな落とし穴・すぐできる対策までを一気通貫で解説します。
賃金支払の5原則とは(労基法24条)
労働基準法24条は、賃金を**(1)通貨で (2)直接本人に (3)全額を (4)毎月1回以上 (5)一定の期日**に支払うことを使用者に義務づけています。これがいわゆる「賃金支払の5原則」です。
重要ポイント
5原則は“原則”であり、例外が認められる場合もある(後述)。ただし例外の運用には要件や手続があるため、就業規則・労使協定・同意取得をセットで整備することが実務の肝になります。
各原則の実務ポイントと「OK/NG」
① 通貨払いの原則
原則:賃金は**現金(通貨)**で支払う。現物(自社商品・社割ポイント等)や小切手のみの支給は不可。
例外(適法にできる方法)
- 銀行・信用金庫等の本人名義口座への振込(労働者の同意が前提)
- 証券総合口座への振込(同上)
- 資金移動業者口座への振込=いわゆる「賃金のデジタル払い」(2023年4月1日解禁。要件あり/労働者の自由意思の選択・同意が必須。現金化できないポイントや暗号資産での支払いは不可)
NG例
- 社内ポイントだけで給与の全部・一部を支給
- 従業員の同意なしに銀行振込へ一方的変更
- デジタル払いを強制(※同意がない強制は労基法違反)
よくある落とし穴
- 同意の形式不備:口頭同意や包括同意はトラブルのもと。個別・書面(または電磁的)で取得し、撤回手続も明記。
② 直接払いの原則
原則:賃金は労働者本人に支払う。親権者・配偶者・税理士など代理人への支払いは不可。中間搾取を防ぐ趣旨です。
例外的に許される取扱い
- 本人の指示で**“使者”が受け取りに来るケースは差し支えない(入院中の本人に代わり配偶者が受け取る等)。代理人と使者**は法的に別概念で、社会通念上「本人に支払うのと同等の効果」があるかで判断。
NG例
- 本人希望でも代理人(委任状のある第三者)への振込
- 未成年者の親権者への支払い(未成年者本人が賃金請求権を持つため)
③ 全額払いの原則
原則:賃金は一部天引きせず全額支払う。
例外(控除が許される場合)
- 法令による控除:所得税・住民税・社会保険料など
- 労使協定(書面)による控除:社宅費・食費・組合費・積立金など(過半数組合/過半数代表との締結が必要)
実務注意
- **過払いの調整(調整的相殺)**は、速やか・事前予告・生活を脅かさない範囲なら全額払い違反とならないとされた裁判例あり(福島県教組事件・最判昭44.12.18)。運用は慎重に。
④ 毎月1回以上の支払
原則:少なくとも月1回は支払う(例:毎月25日払い)。複数月分まとめ払いは不可。
例外:臨時の賃金・賞与・退職手当はこの限りでない(毎月払いの対象外)。
NG例
- 月末入社で金額が少ないからと翌々月に合算支給(違反)
⑤ 一定期日払い
原則:日付が特定された期日に支払う。「毎月第4金曜」「20~25日」等の変動期日は原則不可。
例外:④と同じく、臨時の賃金・賞与は対象外。
賃金規程・就業規則に必ず入れるべき記載
- 賃金の締切日・支払日(“毎月25日”など固定日で)
- 支払方法(現金/銀行振込/デジタル払いの選択肢と同意の取得方法)
- 控除項目(法定控除+労使協定による任意控除の列挙)
- 計算方法・端数処理・遅刻早退控除の考え方(最低賃金を下回らない設計)
- 賃金の過払い発生時の取扱い(調整方法・上限・通知手順)
- 臨時賃金・賞与の支払基準と支払期(④⑤の例外との整合)
(※就業規則の整備は労基法89条等。罰則は労基法120条の対象となる条項群に含まれうるため注意。)
2023年解禁「賃金のデジタル払い」導入チェックリスト
- 労働者の自由意思による同意を個別に取得(強制は不可/いつでも銀行口座に変更可)
- 指定資金移動業者の口座に限定(ポイント・暗号資産での支払いは不可)
- 一部のみデジタル払いも可(残額を銀行振込等に)
- 制度説明・トラブル時の現金化方法等を明確化(社内規程・同意書に記載)
- 脆弱な従業員への不利益強制にならない運用(人事評価や契約更新との抱き合わせ禁止)
これらは厚労省の制度解説・注意点として示されています。導入する事業場は同意書式の整備・撤回フロー・問い合わせ窓口まで含めて就業規則を改定しましょう。
監督・罰則の基本
- 労働基準監督署は臨検監督・是正勧告等を行う権限を持つ(労基法101条等)。
- 賃金支払の5原則(労基法24条)違反を含む賃金関連条項(23~27条)違反は、30万円以下の罰金が科されうる(労基法120条)。
よくある質問(FAQ)
Q1:年俸制でも「毎月1回以上」払う必要はありますか?
A:はい。年俸を月割りして毎月支払います。賞与相当分を含む設計でも、24条②の原則は維持が必要です(賞与自体は例外)。
Q2:給与を「第4金曜」払いにできますか?
A:原則不可。「一定期日」は固定日が必要です(例:毎月25日)。
Q3:社宅費や食費を天引きできますか?
A:可。ただし労使協定(書面)が前提。項目・上限・計算式・控除時期を明記してください。
Q4:過払いを翌月で相殺できますか?
A:条件付きで可。相当の近接時期・事前予告・額の相当性など、生活保障に配慮した限定的な相殺であれば全額払い違反としない裁判例があります。
Q5:デジタル払いを選ばせたいのですが?
A:強制は不可。労働者の選択の自由・同意・現金化可能性等の要件を満たす必要があります。
すぐにできる実務アクション(チェックリスト)
- 支払日・締切日の固定化(就業規則と賃金規程を最新化)
- 支払方法の選択肢と同意プロセスを明文化(振込・デジタル払いの同意書式)
- 任意控除の労使協定を締結・更新(社宅費・食費・組合費など)
- 過払い時の内部手順(通知・分割相殺・上限)を規程化(
- 給与カレンダーを作成し、月跨ぎ合算支給など違反パターンを未然防止
- 監査対応体制(台帳・同意書・労使協定・賃金台帳の整備と保存)
まとめ:5原則は“型”。型を守ればトラブルは激減する
- 通貨・直接・全額・毎月・一定期日は給与運用の型。
- 例外運用(振込・デジタル払い・任意控除)は要件と書面が命。
- ルール違反は是正指導・30万円以下の罰金のリスク。規程整備×手続運用で未然防止を。
賃金規程・就業規則・労使協定の“実務に強い”整備を、専門家と最短で。
- 既存規程の合法性チェック(5原則・最低賃金・控除・月跨ぎ等)
- デジタル払い導入の同意書式・社内フロー設計
- 任意控除の労使協定(社宅費・食費・積立金 等)雛形+締結支援
- 過払い時の相殺手順・監査対応の体制づくり
「自社の規程が古いかも…」「この控除は大丈夫?」という方は、まずは無料の初回相談からどうぞ。運用に即した“違反ゼロの型”を一緒に作りましょう。
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
人事評価・賃金改定のことなら「社会保険労務士法人あい」へ