日給制とは何か――中小企業のための実務ガイド
はじめに(なぜ今、日給制を正しく理解すべきか)
日給制は「1日を単位として金額を定め、出勤した日数に応じて賃金を支給する制度」です。天候や需要の波に左右されやすい業種(建設・警備・イベント・農業など)や、短期・断続的な就労が多い現場で根強く使われています。一方、最低賃金・割増賃金・年休付与・就業規則整備など、押さえるべき法的要件は月給制と同じか、場合によってはそれ以上に精緻な運用が求められます。本稿では、日給制の仕組み・メリット/デメリット・設計と運用の実務・よくある勘所までを、経営者目線でわかりやすく解説します。
日給制の基本
日給制の定義
- 算定の単位:1日あたりの金額(日額)を基準に、実際に出勤した日数で総支給額が決まる。
- 支払の単位:日・週・月などで行えますが、賃金は「毎月1回以上、一定の期日」に支払うという原則を満たす必要があります(週払いや日払いも可能だが、月1回以上の定期支払日を確保する運用が安全)。
似て非なる制度との違い
- 日給月給制:基本は月額だが、欠勤・遅刻・早退があれば日割・時間割で控除する設計。
- 月給制(完全月給制):欠勤控除を原則行わない設計(※実務上は所定欠勤控除をする「月給制」も多い)。
- 時間給制(時給制):時間を単位に支払う方式。短時間・シフト制に親和性が高い。
ポイント:日給制は「1日の就労完了」を前提とするため、遅刻・早退の控除方法は就業規則や雇用契約で明確化が必須です(後述)。
日給制のメリット・デメリット
メリット(事業者側)
- キャッシュフローの平準化:一括で多額の月次キャッシュアウトを避けやすい。
- 需給変動・天候リスクに対応:現場状況に応じて稼働日を柔軟に設計しやすい。
- 短期プロジェクト・繁忙波動への適合:日々のコスト管理がしやすい。
メリット(労働者側)
- 働いた分が直結:就労日数に応じて収入が増える。副業・兼業との相性も良い。
デメリット(労働者側)
- 収入が不安定:欠勤・天候・仕事量により日数が減ると収入が直撃する。
- 社会保障・年休運用に誤解が生じやすい:日給制でも適用要件を満たせば各種保険や年休は当然に発生する。
デメリット(事業者側)
- 運用設計のミスが紛争リスクに:最賃の時間換算、割増、年休の賃金方式、遅刻早退の控除など、設計の曖昧さ=トラブルの火種。
法的要点(最低限ここだけは押さえる)
最低賃金は「時間換算」でチェック
日給制でも、地域別最低賃金(時間額)を下回らないように、日給を「所定労働時間」で割って時給換算して確認します。
- 例:日給10,000円、所定8時間 → 時給換算1,250円。地域最賃が1,000円なら適法余裕あり。
割増賃金(時間外・休日・深夜)
- 時間外(法定外):25%以上
- 法定休日労働:35%以上
- 深夜(22時~5時):25%以上
- 休日かつ深夜:60%以上(35%+25%)
計算式の基本:
時給換算額=日給÷所定労働時間
割増賃金=時給換算額×割増率×該当時間
計算例
- 日給10,000円/所定8時間、当日2時間残業
- 時給換算:10,000÷8=1,250円
- 残業代:1,250×1.25×2=3,125円
- その日の総額:10,000+3,125=13,125円
欠勤・遅刻・早退の扱い
- 欠勤:日給は「1日就労」で完結するため、欠勤日は不支給で明確。
- 遅刻・早退:日給制でも、時間按分による控除ルールを就業規則・雇用契約で明示しておく(例:時給換算で控除)。
- 荒天での中止:使用者の責に帰さない事由で中止なら、法定の休業手当(平均賃金の60%)義務は通常なし。ただし就業規則で一定の保障(待機手当等)を設けると採用・定着に有利。
年次有給休暇(年休)
- 日給制でも、所定日数・出勤率の条件を満たせば年休は発生。
- 年休の賃金は「通常の賃金」または「平均賃金」(労使協定で方式を定めるのが実務的)。**日給制は「通常の賃金=所定どおり働いたと仮定した1日分」**が取り扱いやすい。
平均賃金(各種手当・解雇予告手当等で参照)
- 原則:直前3か月の賃金総額÷その期間の総日数(暦日)
- 最低保障:賃金総額÷労働日数×60% を下回らない。
日給制は月ごとの就労日数変動が大きいので、平均賃金の下限チェックを仕組みに組み込みましょう。
社会保険・雇用保険
- 日給制であっても適用要件を満たせば加入が必要です(所定労働時間・日数、契約期間、見込み等による)。短時間・短期だからといって無条件に適用外にはなりません。最新の適用基準・実務判断は顧問社労士に要確認。
実務設計:トラブルを避ける「7つの設計項目」
1. 対象者と業務範囲の明確化
- 対象雇用区分(アルバイト・パート・日雇い等)
- 業務内容、就業場所、現場集合の扱い(移動時間の労働時間性)
2. 日給単価の決め方
- 最賃クリア(時間換算)を出発点に、技能・責任・危険度・市場相場を織り込んで等級化。
- 基準所定時間(例:1日8時間)を明示し、時給換算額を社内計算表に保持。
3. 割増・手当のルール
- 時間外・休日・深夜の割増率と算定基礎。
- 現場手当・皆勤手当・資格手当・悪天候待機手当などの支給要件。
- 週の所定休日(週1回以上)の明示。
4. 欠勤・遅刻・早退・中止時の取り扱い
- 欠勤は不支給、遅刻早退は時給換算で控除――を明文化。
- 荒天中止の判断フロー(誰が、いつ、どう決めるか)と連絡手段。
- 会社都合の中止・待機命令時の扱い(手当の有無・条件)。
5. 勤怠・シフト運用
- 日々の出退勤の記録方法(打刻・現場責任者承認)。
- 短期・前日連絡のシフト確定ルール(締切時刻、当日キャンセルの扱い)。
6. 支払サイクルと賃金締切
- 週払い・日払いを利用する場合も、月1回以上の定期支払日を設定。
- 振込手数料・前払い・立替精算(交通費等)の扱い。
7. 文書化(就業規則・雇用契約書・労使協定)
- 就業規則:賃金形態、割増、控除、年休賃金方式、シフト、天候中止など。
- 雇用契約書:雇用区分、日給額、所定時間、勤務地、休日、支払方法、試用期間、更新有無。
- 労使協定:年休賃金の方式、36協定、みなし・変形労働時間制を使うなら別途。
よくあるQ&A
Q1. 「日払い」と「日給制」は同じ?
別物です。
- 日給制:賃金の算定単位が「1日」。
- 日払い:賃金の支払タイミングのこと(制度そのものではない)。
Q2. 祝日に出勤したら割増は必須?
法定の祝日割増義務はありません。 ただし会社が「法定休日」に指定している日なら休日割増(35%以上)が必要。自社カレンダーの休日設計が重要。
Q3. 天候中止のときに賃金は?
使用者の責に帰すべき事由でなければ、休業手当(平均賃金の60%)の義務は通常なし。 ただ、採用力・定着の観点から一定の待機手当や交通費補填をルール化すると効果的。
Q4. 年休は本当に付与が必要?
必要です。日給制でも、要件を満たせば年休は当然付与。賃金方式(通常賃金/平均賃金)は労使協定・就業規則に明記を。
Q5. 社会保険・雇用保険は?
日給制=適用外ではありません。所定労働時間・日数、雇用見込み等により適用判断を行います。短期・短時間でも要件を満たせば加入が必要。
導入・運用チェックリスト
- 日給単価の最賃クリア(時間換算)
- 所定労働時間と時給換算額を台帳化
- 割増率・控除ルール・年休賃金方式を明文化
- 荒天中止の判断・連絡フローと手当の有無
- シフト確定・当日キャンセルの扱い
- 支払サイクル(月1回以上の定期日を設定)
- 雇用契約書・就業規則・労使協定の整合性
- 36協定や変形労働時間制の活用検討(必要に応じて)
導入シミュレーション(簡易)
ケース:建設補助スタッフ
- 日給:11,200円/所定8時間 → 時給換算1,400円
- 1週の実働:月〜金 8時間×5日=40時間(残業0)
- 週0残業:総額=11,200×5=56,000円
- 雨天1日中止で4日稼働:44,800円(待機手当を設定すれば+α)
ケース:イベント運営(深夜あり)
- 日給:12,000円/所定8時間
- 当日:8時間+深夜2時間(22:00〜24:00)、うち残業2時間が深夜帯
- 時給換算:1,500円
- 残業深夜:1,500×1.5×2=4,500円(※時間外25%+深夜25%=1.5倍)
- その日の総額:12,000+4,500=16,500円
実務では「所定内の深夜」と「時間外かつ深夜」を分けて計算するため、勤怠システムの設定が極めて重要です。
失敗しないコツ(現場の勘所)
- 「日給=1日で完結」でも、時間情報は必ず収集(割増・遅刻早退控除・最賃チェックで不可欠)。
- 荒天・需要変動前提の業種は“保障の設計”が採用力(待機手当、移動手当、最低稼働保障など)。
- 年休の付与・賃金方式は労使で合意・明記(現場に周知)。
- 契約書・就業規則・36協定の3点セットで齟齬ゼロに。
- 派遣・請負・業務委託との線引きも同時に管理(誤用はリスク大)。
まとめ
日給制は、現場の実情に合わせた柔軟な賃金設計を可能にする一方で、最賃の時間換算・割増計算・年休賃金方式・中止時の扱いといった実務論点が密集しています。これらを就業規則・雇用契約・労使協定に落とし込み、勤怠システムに反映してはじめて、安定運用が実現します。
「働いた分を明瞭に支払う」――この当たり前を仕組みで担保することが、日給制成功の鍵です。
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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