変動費とは何か―中小企業が利益を最大化するための実践ガイド
はじめに:利益は「売上」よりも「構造」で決まる
「売上は増えたのに、なぜ利益が残らないのか」。答えはコスト構造、とりわけ**変動費(variable cost)**の管理にあります。変動費は操業度(生産量・作業時間・販売量など)の変化に応じて増減する原価で、損益分岐点分析や利益計画の土台です。本記事では、変動費の基礎から分類、計算式、業種別の具体策、実務で使える分解・削減手順までを、経営者・個人事業主向けに体系的に解説します。
変動費の基礎
変動費の定義
一定の経営規模のもとで操業度の変化に対応して金額が変動する費用を変動費といいます。固定費に対立する概念で、一般に以下のように振る舞います。
- 比例費(狭義の変動費):操業度に比例して増減(例:直接材料費、出来高払いの賃金、外注加工費、販売手数料、荷造運賃)
- 逓減費:操業度が増えると単位当たり費用が下がる(まとめ買い割引・運賃のスケールメリット)
- 逓増費:操業度が上がるほど追加的管理・残業・緊急輸送などで単位当たり費用が上がる
1970年代以降、原価発生の源泉(アクティビティ)に注目する考え方が広がり、変動費をアクティビティ・コストとして捉える手法も一般化しています。
変動費と固定費の違い(要点整理)
| 観点 | 変動費 | 固定費 |
|---|---|---|
| 変動の仕方 | 操業度に応じて増減 | 一定期間・一定範囲で一定 |
| 代表例 | 直接材料、外注費、販売手数料 | 地代家賃、人件費(月給)、減価償却 |
| 利益への影響 | 変動費率が下がると限界利益率が上がる | 固定費が下がると損益分岐点が下がる |
| 管理の狙い | 単価低減・歩留まり改善・無駄削減 | 構造見直し・稼働率向上 |
利益設計の核心:限界利益と損益分岐点
キー式(暗記推奨)
- 限界利益(CM)=売上高 − 変動費
- 限界利益率(CM比率)=1 − 変動費率
- 営業利益=限界利益 − 固定費
- 損益分岐点売上高(BEP)=固定費 ÷ 限界利益率
例(小規模製造)
- 単価2,000円、変動費1,200円/個 → 変動費率=60%、CM比率=40%
- 月固定費1,200,000円 → BEP=1,200,000 ÷ 0.4=3,000,000円
- 打ち手の感度:
- 変動費を1,200→1,100円に低減(材料値下げ・歩留改善) ⇒ CM比率45%、BEPは2,666,667円へ低下
- 値上げで単価2,100円・変動費1,200円 ⇒ 変動費率57.1%、CM比率42.9%、BEPは2,799,533円へ
示唆:単価改定と変動費低減は、いずれもBEP低下(安全域拡大)に効く。特に変動費の“1円”削減は売上の数倍の価値を持つことが多い。
実務での「変動費の見つけ方・分け方」
ステップ1:科目洗い出しと仮分類
- 仕訳・出納データから、材料費、外注費、荷造運賃、支払手数料、出来高賃金、クレジット手数料など、操業度に連動する費用を抽出
- 逓減・逓増の可能性がある費用(ロット割引、急配送料、残業代)にフラグを付ける
ステップ2:混合費の分解
固定+変動が混じる費用(光熱費、通信費、車両費、サブスクの従量部分など)は、以下で分解します。
- ハイ・ロー法:最も高い操業度と低い操業度の2点から変動費率を推定
- 変動費率=(高コスト−低コスト)÷(高操業度−低操業度)
- 固定費=任意の点で「総費用 − 変動費率×操業度」
- 回帰分析(推奨):月次データ12〜24点で総費用=a+b×操業度を当てはめ、aを固定費、bを変動費率とする
- アクティビティ別分解:出荷件数、受注数、設計変更回数など活動ドライバで配賦
ステップ3:単位当たり変動費の“実勢値”を更新
購買市況・原材料歩留・物流単価・手数料率の変化を月次で反映。見積・価格交渉・在庫回転の指標と紐づける。
業種別:変動費の着眼点と改善策
製造業
- 主な変動費:直接材料、外注加工、出来高賃金、検査・包装資材、配送運賃
- 打ち手
- 歩留まり・不良率の改善(工程内品質、段取り短縮、標準作業)
- 購買のロット最適化・代替材検討・価格条項の見直し
- 逓増費の芽(残業・緊急調達・特急便)を平準化で抑制
- 製品別**貢献利益(限界利益)**マップを作り、低CM品の仕様・価格・撤退を意思決定
小売・EC
- 主な変動費:仕入原価、荷造送料、決済手数料、プラットフォーム手数料、返品費用
- 打ち手
- 仕入構成と粗利ミックス最適化、PB化でCM率改善
- 送料・同梱・サイズ設計で配送単価を逓減化
- 決済手数料率の見直し(ボリュームディスカウント、決済手段ミックス)
- 返品率を「疑似変動費」と捉え、商品説明・サイズガイド・レビュー活用で低減
サービス業(医療・介護・IT受託・士業含む)
- 主な変動費:外注・協力費、出来高報酬、旅費交通費、ツール従量課金、広告の出来高課金
- 打ち手
- 受注単価>(直接工数×時間当たり変動費)+目標CM の基準価格表を明確化
- 外注単価の指数連動条項(為替・人件費)とスライディング価格でリスク分担
- 広告CPA・LTV管理で、無駄配信=“悪い変動費”を遮断
農業・食品加工
- 主な変動費:種菌・種苗、培地・肥料、包材、共同選果・出荷手数料、燃料、冷蔵・冷凍の従量電力
- 打ち手
- 規格設計と加工歩留で可食部比率を向上(規格外の収益化)
- 収穫・出荷のバッチ化で輸送・選果の逓減効果を取り込む
- 産地・共同購買・長期契約で資材単価のボラティリティを平準化
価格戦略と変動費:意思決定フレーム
1. 受注可否・特別価格の判断
- 短期の余剰能力あり:価格 ≥ 変動費+最低限の追加費用 ⇒ 受注可
- 能力逼迫:価格 ≥ 標準価格(目標CM確保) ⇒ 受注、下回るなら断る
- カニバリ注意:低価格施策は既存の高CM商品を侵食しない設計に
2. 値上げ交渉のロジック
- 変動費の**客観指標(指数・相場・為替)**に連動した改定条項
- CM率・BEP・安全余裕率の可視化で先方の理解を得る資料化
- 逓増費が発生する閾値(繁忙期・数量帯)を明示し、二部料金制や数量別単価で合意
KPI設計:変動費管理のダッシュボード
主要KPI(毎月更新)
- 変動費率(売上対・数量対)
- 限界利益率/限界利益額(製品別・顧客別)
- 単位当たり材料使用量・歩留/返品率/配送単価
- 外注比率・出来高比率/繁忙期の逓増費発生件数
- BEP、安全余裕率=(実績売上−BEP)÷実績売上
レポート設計のコツ
- 「全社平均」ではなく製品×顧客×チャネルの粒度でヒートマップ
- 月次の見込CMと実績CMを突合し、差異要因(価格・数量・ミックス・効率)を分解
- 原価台帳と販売台帳を同一ID(SKU/案件ID)で連結
よくある落とし穴と対策
落とし穴1:固定費の“変動費化”見落とし
サブスクや従量課金は、利用量に比例して総額が膨らみやすい。階段式固定費と従量部分を分離して契約・運用。
落とし穴2:逓減の裏に潜む在庫・品質リスク
大ロットで単価を下げても、陳腐化・保管費・歩留悪化で逆効果に。**総費用(TCO)**で判断。
落とし穴3:短期の“赤字受注”常態化
稼働確保の例外運用が、全体の価格帯を引き下げる。例外基準と有効期限を明記。
落とし穴4:混合費の未分解
光熱・車両・通信などを丸ごと固定費扱いにすると、BEPが歪む。回帰分解で月次更新。
実務テンプレート:月次変動費レビュー(チェックリスト)
データ準備
- 売上・数量・稼働時間・出荷件数・原材料使用量
- 総費用(科目別)と活動ドライバの対応表
- 仕入単価・物流単価・手数料率の推移
分析
- 混合費をハイ・ロー法or回帰で分解
- 製品×顧客×チャネルの限界利益率を算出
- 逓減・逓増が出る数量帯を特定し、単価テーブルに反映
アクション
- 価格改定案・購買交渉案・工程改善案を起案
- “悪い変動費”(緊急便・やり直し・返品)の根因対策
- 次月KPI目標(変動費率・CM率・安全余裕率)
まとめ:変動費を制する者が、利益を制す
変動費は「結果としての数字」ではなく、設計できる経営レバーです。比例・逓減・逓増のふるまいを理解し、混合費を分解、KPIで運用、価格・購買・現場改善を連動させれば、限界利益率は着実に上がります。まずは「製品(サービス)×顧客×チャネル」別の限界利益マップを作るところから始めましょう。
あなたのビジネスの“変動費率”は何%ですか?
今すぐ、直近12か月のデータで「変動費の分解」と「限界利益マップ」作成を実施しましょう。
- テンプレート(KPI項目・分解式・月次レビュー手順)の提供、
- 製品別・顧客別の価格戦略策定、
- 購買・物流・工程の改善設計、
まで一気通貫で支援します。ご相談はお早めに。損益分岐点を1円でも下げることが、来月のキャッシュを守ります。
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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