2025-10-29
中小企業の失敗を最小化ーフィージビリティスタディ
中小企業や個人事業の新規プロジェクトは、スピード勝負である一方、失敗のダメージも大きくなりがちです。そこで頼れるのがフィージビリティスタディ(Feasibility Study:実行可能性調査)。意思決定の“前”に、事業が本当に実現できるのかを多面的に検証し、限られた資源で成功確率を最大化します。本稿では、明日から使える実務手順・評価指標・テンプレート・チェックリストまで、中小企業向けに徹底的に実務化して解説します。
フィージビリティスタディとは何か
- 定義:事業・新商品・サービス・投資案件が、技術・市場・経済性・業務運用・システムの観点で実現可能かを事前に検証する取り組み。
- 位置づけ:プロジェクトマネジメントでは計画立案の前段階の予備調査にあたり、Go/Kill(実行/中止)の意思決定に資する。
- タイミング:基本構想が固まった直後、大きな資金・人員を投入する前に実施するのが原則。
- 主な調査項目:費用対効果、技術妥当性、特許・規制、コスト計算、収益予測、運用体制、システム連携 など。
なぜ中小企業に必須なのか
- 資源制約を前提に最適化:ヒト・モノ・カネが限られる中小企業こそ、投資判断の精度が生命線。
- 失敗確率の可視化:曖昧な期待値を数値とシナリオで検証し、撤退基準も先に決められる。
- スピードと質の両立:軽量版でも要点を押さえた検証で“早く、賢く”決められる。
- 金融機関・補助金の説得力:ロジックが通った調査は資金調達・助成金申請の裏付けになる。
全体フロー(小規模でもそのまま使える)
- 目的定義:何を判定するための調査か(例:EC新規参入の採算性と3年以内黒字化可否)。
- スコープ設定:技術・市場・経済性・業務・システムの評価軸と境界を明確化。
- 代替案の抽出:1案前提はNG。最低3案(例:内製、外注、ハイブリッド)。
- 評価基準の合意:KPI、採算基準、法規制、特許、実装期間などの重み付けを決める。
- データ収集:一次(顧客ヒアリング、PoC)、二次(統計、既存レポート、過去実績)。
- 分析・スコアリング:定量(NPV/IRR/損益分岐/感度分析)+定性(リスク、体制、フィット)。
- 意思決定:**Go / Kill / Pivot(条件付きGo)**の三択で合意。
- 移行計画:Goの際はMVP・段階導入・資金計画・マイルストーンを同時に固める。
評価の5領域と実務チェックポイント
技術面での実現可能性
- 実装難易度:既存技術で賄えるか、追加研究が必要か。PoCで性能・安定性・スケール確認。
- 外部依存:ベンダー/クラウド/サプライヤー依存度、代替手段の有無。
- 品質要件:SLA、可用性、セキュリティ、データ整合性、拡張性の妥当性。
- 特許・ライセンス:先行特許の抵触リスク、OSSライセンス遵守。
- 目安指標:技術完成度TRL、試作成功率、障害MTBF、性能KPI(応答時間、歩留まり等)。
市場面での実現可能性
- 顧客課題の強度:課題の“痛み”は支払意思に直結。顧客インタビューN≥10を最低ラインに。
- 市場規模/成長率:TAM/SAM/SOMを仮説→検証。ニッチでも獲得コストに見合うか。
- 競合と差別化:価格/機能/ブランド/チャネル/スイッチングコスト。ポジショニングマップで可視化。
- 販売モデル:直販/代理店/EC/サブスク等のCAC(顧客獲得コスト)とLTVの妥当性。
- 価格テスト:WTP(支払意思額)調査、A/B、小規模先行販売。
経済的実現可能性(投資効果)
- 基本式:
- 売上=単価 × 数量
- 限界利益=売上 − 変動費
- 営業利益=限界利益 − 固定費
- 主要指標:
- 損益分岐点売上=固定費 ÷ 限界利益率
- 回収期間(Payback)=初期投資 ÷ 年間キャッシュフロー
- NPV(正味現在価値)、IRR(内部収益率)、ROI(投資利益率)
- 感度分析:単価±5〜10%、数量±10〜20%、仕入+物流コスト±10%で黒字維持域を確認。
- 資金繰り:在庫・売掛サイト・季節性を織り込んだ月次CF表を作る。
業務面(オペレーション)の実現可能性
- 標準作業:SOP、工数見積、ボトルネック工程のタクトタイム。
- 人員/スキル:採用・教育コスト、属人化リスク、業務委託の最適配分。
- 品質/安全:検査頻度、クレーム対応、労働安全(労災・深夜作業・設備安全)。
- 規制・許認可:食品・医療・化学など業法要件の有無と取得リードタイム。
- 物流/在庫:在庫回転、保管/輸送コスト、コールドチェーン要件。
システム面の実現可能性
- 既存システム連携:会計、在庫、EC、CRM、勤怠、人事給与とのインターフェース。
- データ要件:個人情報、機微情報、バックアップ、リテンション。
- 運用保守:監視、障害対応SLA、パッチ適用手順、DR(災害復旧)。
- 拡張性/費用:ユーザー増、SKU増、トラフィック増に対するスケール戦略と費用曲線。
スコアリングのやり方(意思決定をブレさせない)
重み付きスコア(例)
- 技術30点、市場30点、経済性25点、業務10点、システム5点=計100点。
- 各観点を1〜5で採点→重みを掛け、合計70点以上がGo基準などを事前合意。
- 必須条件(ゲート):法規制適合・資金繰り黒字・重要顧客3社の導入意向=一つでもNGならKill。
代替案比較の可視化
- 内製:投資大・学習資産が残る・速度課題
- 外注:初期速度高・ランニング増・ベンダーロック
- ハイブリッド:コアは内製、非コア外注=リスク/スピード/コストのバランス
→ レーダーチャートや重み付き合計点で一目比較。
ミニケース:地域ベーカリーのEC新規立ち上げ
背景
店頭売上に季節変動。観光客需要に左右されるためECでの全国販売を検討。
仮説と代替案
- A:自社EC(Shopify)+冷凍発送
- B:モール出店(手数料高だが集客強)
- C:定期便サブスク(LTV高、在庫計画が容易)
検証ポイント(抜粋)
- 市場:ギフト需要のピーク(母の日・年末)と価格帯のWTP調査
- 経済性:冷凍便の配送料/梱包費の影響、損益分岐点
- 業務:焼成→急速冷凍→梱包→出荷のタクト、人員シフト
- システム:受注→在庫→会計→出荷の連携、返品フロー
- 結果:初期はBで集客→A併設で自社顧客化、サブスクは3ヶ月目に試験導入という段階戦略に。
経済性評価:最低限押さえる数字の作り方
損益分岐点(例)
- 固定費:月150万円(人件費・家賃・減価償却)
- 変動費率:60%(材料・梱包・配送料)
- 限界利益率:40%
- 損益分岐点売上=150万円 ÷ 0.4 = 375万円/月
回収期間(例)
- 初期投資:600万円(設備・サイト構築)
- 年間CF:200万円 → 回収3年
- 補助金・リース活用で初期負担を平準化できるかも同時検討。
感度分析
- 単価−5%でも黒字維持?
- 配送料+10%で損益分岐点は?
- サブスク解約率(チャーン)+2ptの影響は?
→ 最悪シナリオでCFショートしないことを確認。
リスク管理と“Kill基準”の先出し
リスク登録簿(例)
- 法規制:表示義務・温度管理違反 → 監査SOP整備
- サプライ:資材価格高騰 → 価格改定条項・代替資材手配
- 人員:キーパーソン離脱 → 標準化・複線化・外部リソース
- IT:受注集中時の障害 → スケール計画・代替チャネル
- 財務:売掛増加 → 与信枠・前払い/定期課金比率アップ
Kill/Pivot条件例
- 3ヶ月時点でCVR<1.5%かつCAC>粗利なら広告停止
- 6ヶ月時点で月次売上<損益分岐点の80%ならモール専念にPivot
調査を効率化する収集・検証のコツ
- 一次情報最優先:既存顧客10〜15名に課題・価格・導入障壁を聞く。
- ローリスク実験:MVPで先に売ってみる(事前予約、限定販売、LP+広告テスト)。
- 比較表テンプレ化:代替案×評価軸のスコア表を毎回使い回す。
- 外部専門家の活用:特許・規制・衛生・ITセキュリティは短時間相談で大きく精度向上。
- 記録:仮説・データ・判断理由を議事録化し、後から説明可能に。
ありがちな失敗と回避策
- 1案前提で走る → 最低3案、比較の土俵を作る。
- 市場を“勘”で判断 → 顧客インタビューと小さな販売実験で裏取り。
- 固定費の見落とし → サブスク、保守、更新費、値上がり条項を入れる。
- 人員/体制の甘さ → 標準化・教育計画・外部人材の予備リストを準備。
- Kill基準がない → 事前に数値で決め、情で延命しない。
すぐに始めるための7ステップ(チェックリスト)
- 目的とGo/Kill基準を数値で定義したか
- 代替案を3つ抽出したか
- 顧客10名以上に一次ヒアリングを実施したか
- 損益分岐と感度分析を回したか
- 法規制・許認可・特許の抵触有無を確認したか
- 90日MVP計画と体制(RACI)を引いたか
- 議事録・根拠データを保存し、金融機関・助成金にも転用できる形にしたか
まとめ:小さく検証し、速く学び、賢く決める
フィージビリティスタディは、「やる勇気」ではなく「やめる勇気」も与えてくれます。仮説を数値と一次情報で裏付け、代替案を比較し、Go/Kill/Pivotを明確にする。中小企業にとって、これは最小コストで最大の意思決定品質を実現する最短ルートです。
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[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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