フレックスタイム制度とは?中小企業がムリなく導入するための実務ガイド
人手不足が深刻化し、採用も定着も簡単ではない時代です。
「優秀な人材ほど、時間の柔軟さを求める」——多くの経営者が肌で感じているのではないでしょうか。
フレックスタイム制度(フレックスタイム制)は、あらかじめ決めた総労働時間の枠の中で、従業員が自分で始業・終業時刻を決められる仕組みです。仕事とプライベートの両立を図りやすくすると同時に、企業側にとっても作業効率の向上や残業削減など、経営面でのメリットが期待できます。
一方で、導入や運用を誤ると「勤怠管理が混乱した」「結局、残業代トラブルになった」といったリスクもあります。
この記事では、中小企業経営者・個人事業主の方を対象に、
- フレックスタイム制度の基本的な仕組み
- メリット・デメリット
- 導入・運用の実務ポイント
- 就業規則や協定で押さえるべき項目
を、法律の枠組みも踏まえて分かりやすく解説します。
フレックスタイム制度は、労働基準法32条の3で定められた「変形労働時間制」の一種です。
厚生労働省の説明では、フレックスタイム制とは「3か月以内の一定期間(清算期間)について総労働時間をあらかじめ定め、その範囲内で各日の始業・終業時刻を労働者が自主的に決めて働く制度」とされています。
ポイントは次の3つです。
- 清算期間(最長3か月以内)を決める
- その期間における総労働時間(所定労働時間の総枠)を決める
- その枠内で日々の始業・終業時刻・労働時間を従業員が調整する
例えば、清算期間を「1か月」とし、1か月の総労働時間を160時間と決めた場合、ある日は10時間、別の日は6時間というように日ごとの労働時間を変動させながら、1か月トータルで160時間に収まるよう働くイメージです。
フレックスタイム制度では、時間帯を次のように区分するケースが多く見られます。
- コアタイム:必ず勤務しなければならない時間帯(例:10:00〜15:00)
- フレキシブルタイム:出退勤時刻を従業員が自由に選べる時間帯(例:7:00〜10:00、15:00〜20:00)
コアタイムを設けることで、「打合せができない」「連絡がつかない」といった業務上の支障を防ぎやすくなります。一方、あえてコアタイムを設けず、全時間帯をフレキシブルタイムとする「スーパーフレックス」のような運用も可能です。
なお、コアタイムが長すぎて始業・終業時刻の決定をほとんど会社が拘束しているような場合は、そもそもフレックスタイム制と評価されないおそれもあるため注意が必要です。
フレックスタイム制のキーワードとなるのが「清算期間」です。
- 清算期間は 最長3か月以内
- 清算期間内の法定労働時間の総枠(例:週40時間×期間内の週数)と、会社が定めた総所定労働時間を基準に、時間外労働の有無を判断します。
2019年の働き方改革関連法により、この清算期間の上限は従来の1か月から3か月に延長されました。これにより、繁閑の波がある業種でも、月をまたいだ形で労働時間を調整しやすくなっています。
ご質問文にあるように、フレックスタイム制度は「1ヶ月の総労働時間数だけを決めておき、毎日の始業・終業時刻は労働者が自由に選択できる」仕組みと説明されることがあります。これは、まさに労基法上のフレックスタイム制の基本イメージです。
実務上は、清算期間を1か月とするケースが最も多く、次のような運用が典型です。
- 清算期間:1か月
- 総労働時間:160時間
- コアタイム:10:00〜15:00
- フレキシブルタイム:7:00〜10:00、15:00〜19:00
この枠の中で、従業員が日々の出退勤時刻と労働時間を調整します。
一方で、実務で「フレックス」と呼ばれていても、法律上はフレックスタイム制に該当しない運用もあります。
代表例が、
- 「1日の労働時間は8時間で固定。始業・終業時刻だけ前後させる」
- 「①8:00〜17:00 ②9:00〜18:00 ③10:00〜19:00 の3パターンから選ぶ」
といった1日単位の時差出勤・スライド勤務です。この場合、法的には通常の労働時間制の範囲内で始業・終業時刻を柔軟に決めているに過ぎず、「清算期間」「総労働時間」という考え方は出てきません。
広い意味ではフレックスタイム的な働き方ですが、厳密な意味での「フレックスタイム制度(労基法32条の3)」とは区別して考える必要があります。就業規則や労使協定を整備する際には、この違いを意識しておくことが重要です。
フレックスタイム制は、従業員にとって次のようなメリットがあります。
- 通勤ラッシュを避けて出社できる
- 子どもの送迎や家族の通院など、家庭事情に合わせて勤務時間を調整しやすい
- 集中して仕事ができる時間帯に合わせて働ける
「日によって始業・終業時刻や労働時間を変えられる」ことは、ワークライフバランスの確保に直結します。特に、育児や介護と両立して働く社員にとっては、大きな働きやすさにつながります。
中小企業にとってのメリットも少なくありません。
- 業務の繁閑に合わせて労働時間をシフトしやすい
例:月初・月末のみ長めに働き、中旬は早く帰る - 集中しやすい時間帯に働いてもらえるため、作業効率が上がりやすい
- 柔軟な働き方を打ち出すことで、採用・定着にプラスになる
「フレックスタイム制を導入していること自体」が求人票上のアピールポイントになり、他社との差別化要素にもなります。
経営者自身も、営業・経営会議・現場対応など、1日の中でやるべきことが多岐にわたります。自社のメンバーにフレックスを認めることで、
- 朝は経営者が顧客訪問に集中し、スタッフは遅め出社で事務処理
- 夜のオンライン会議がある日は、日中の勤務時間を短くする
など、会社全体として「時間の使い方の最適化」をしやすくなります。
最大のハードルが勤怠管理です。
フレックスタイム制では、「1日何時間働いたか」だけでなく、
- 清算期間内の累計労働時間
- 法定労働時間の総枠との比較
- 時間外労働・深夜労働の算定
を正確に管理しなければなりません。
紙のタイムカードやエクセル管理では、どうしてもヒューマンエラーが起きがちです。制度導入と同時に、勤怠管理システムの導入・設定も検討することをおすすめします。
フレックスタイム制は、「今日は仕事が詰まっているから10時間働き、明日は6時間にする」といった柔軟な運用ができる一方で、
- 繁忙期に長時間労働が常態化する
- 実際には清算期間内で調整しきれず、残業代が膨らむ
- 「自分の裁量で働いている」という意識から、サービス残業が増える
といったリスクもあります。
清算期間を3か月にした場合、最初の1〜2か月で長時間労働が続き、結果的に健康障害リスクが高まるケースも想定されます。長時間労働対策やメンタルヘルス対策とセットで運用することが重要です。
すべての従業員が自由な時間に出入りするような運用では、
- 電話がつながらない時間帯が生じる
- チームミーティングが組みにくい
- 顧客の来店・来社時間帯と合わない
といった不具合が生じる恐れがあります。
コアタイムの設定や、部署・職種ごとの運用ルールを明確にしておかないと、「便利な制度のはずが、お客様にご迷惑をかける制度」になりかねません。
最初から「フレックスありき」で制度設計を始めると、現場とのミスマッチが起こりがちです。まずは、次のような点を整理しましょう。
- 顧客対応が必須の時間帯(電話・来店・オンライン対応など)
- 繁忙期・閑散期の違い
- 部署・職種ごとの業務特性(個人作業か、チーム作業か)
- 既存の残業時間・残業代の状況
この棚卸しにより、「どの部署・職種に、どの程度のフレックスを認めるか」の方向性が見えやすくなります。
次に、フレックスタイム制度の基本仕様を決めます。主な検討項目は以下の通りです。
- 清算期間:1か月/3か月など
- 対象者:全社員/本社のみ/特定部門のみ など
- コアタイムの有無と時間帯
- フレキシブルタイムの範囲
- 所定労働時間の設定(1日の基準時間・1か月総枠など)
中小企業では、いきなり全社導入するよりも、「本社の事務部門のみ」「開発職のみ」といった限定導入からスタートし、運用状況を見ながら段階的に広げていく方法がおすすめです。
フレックスタイム制を法律上の制度として導入するには、次が必須です。
- 労使協定の締結(清算期間が1か月を超える場合は労基署へ届出が必要)
- 就業規則への規定追加・変更
労使協定では、特に次の事項を定める必要があります。
- 清算期間
- 清算期間における総労働時間
- 標準となる1日の労働時間
- コアタイム・フレキシブルタイムの有無と時間帯
- 対象となる労働者の範囲
就業規則側でも、始業・終業時刻、休憩時間、休日・休暇の扱い、遅刻・早退・欠勤の取扱いなどをフレックスタイム制に合わせて整理しておく必要があります。
制度を作って終わりではなく、社内への丁寧な説明と試行期間が成功のカギです。
- 社内説明会・Q&Aの実施
- モデル部署でのトライアル運用(3〜6か月程度)
- 運用状況の検証とルールの微調整
「最初から完璧な制度」を目指すよりも、「まず運用してみて、問題点を洗い出しながら改善する」というスタンスの方が、中小企業にはフィットしやすいでしょう。
フレックスタイム制では、「コアタイムに遅れた場合」「コアタイムを無断で欠勤した場合」などの扱いを明確にしておくことが重要です。
- コアタイム不在は「遅刻・早退・欠勤」とみなすのか
- コアタイム外の出退勤は、どこまで本人の裁量に委ねるのか
- 有給休暇を取得した場合、1日の所定労働時間分を勤務したとみなすのか
など、トラブルになりやすい場面ほど具体的に定めておきましょう。
フレックスタイム制は、時間外労働の考え方も通常の制度とは異なります。
- 清算期間内の総労働時間が、法定労働時間の総枠を超えた部分が時間外労働になる
- 清算期間が3か月の場合でも、1か月ごとに一定の時間を超えた場合には時間外労働とみなすルールがある
といった点を踏まえ、36協定の内容とも整合させながら就業規則を整備する必要があります。
- 上司が事実上、始業・終業時刻を一方的に指示していないか
- 現場の判断で、コアタイム外の会議を頻繁に設定していないか
- 長時間労働が続いている従業員に対し、面談や医師の指導が行われているか
といった観点から、制度の趣旨に反する運用を防ぐためのルール・チェック体制もあわせて整備しておきましょう。
A:必須ではありません。
コアタイムを設けない「コアタイムなしフレックス」でも、法律上はフレックスタイム制として認められます。
ただし、チームでの連携や顧客対応が重要な部署では、一定のコアタイムを設定した方が業務運営上は安定しやすいでしょう。
A:必ずしも3か月が正解とは限りません。
3か月にすれば繁閑の波をならしやすい一方で、勤怠管理が複雑になり、長時間労働が見えにくくなるデメリットもあります。初めて導入する中小企業では、まず1か月を基本とし、業種や業務特性を踏まえて必要に応じて3か月への拡大を検討する方が安全です。
A:条件を満たせば適用は可能です。
フレックスタイム制は「正社員限定」という制度ではありません。所定労働時間や清算期間の考え方が適用できる契約内容になっていれば、パート・アルバイトへ適用することも可能です。ただし、週所定労働時間やシフト制との関係が複雑になるため、契約書・シフト表・就業規則の整合性を慎重に確認する必要があります。
午後からの半日勤務や、午前だけの勤務といった運用は、フレックスタイム制下であっても可能です。ただし、
- 「半日勤務=有給休暇の半日取得」とみなすのか
- たまたまその日の労働時間が短かっただけなのか
によって、年次有給休暇の残日数などに影響が出ます。社内でのルールを明確にしておきましょう。
フレックスタイム制は、単に「出退勤を自由にする制度」ではありません。
- コアタイム中はチームコミュニケーションを優先する
- 顧客対応の時間帯には必ず担当者を配置する
- 勤怠入力はその日のうちに行う
など、制度の趣旨とセットで「守るべきマナー・期待される行動」を伝えることが大切です。
紙やエクセルでの手作業管理は、フレックスタイム制には不向きです。フレックス対応の勤怠管理システムを使えば、
- 清算期間ごとの労働時間・残業時間の自動集計
- コアタイムの欠勤・遅刻の自動判定
- 法定時間外・深夜・休日労働の自動計算
などを自動化でき、管理側の負担を大きく減らせます。
フレックスタイム制の成否は、現場管理職のマネジメント力にかかっています。
- メンバーの勤務時間を把握した上で業務量を調整できるか
- 長時間労働が続く部下に声かけができるか
- コアタイム中に会議・1on1などを効果的に配置できるか
といった実務スキルを高めるため、管理職研修や定期的な振り返りミーティングを行うことも有効です。
フレックスタイム制度は、
- 従業員にとっては、私生活との両立を図りやすい働き方
- 企業にとっては、生産性向上と採用・定着に効果的な制度
という両面のメリットを持つ仕組みです。
一方で、清算期間や総労働時間、時間外労働の計算方法など、法律上のルールも複雑であり、就業規則や労使協定の整備を伴います。「とりあえずフレックスにしたい」と感覚的に始めてしまうと、思わぬ残業代トラブルや長時間労働の温床になりかねません。
大切なのは、「制度設計」と同じくらい「運用設計」に力を入れることです。
- 自社の業務や顧客対応に合った清算期間・コアタイム・対象範囲の設定
- 勤怠管理方法と残業管理の仕組みづくり
- 社内への丁寧な説明とトライアル運用
- 運用状況の定期的な見直し
これらをセットで進めることで、初めてフレックスタイム制度は「働きやすさ」と「経営の安定」を両立させる強力なツールになります。
- 「自社の業種でもフレックスタイム制度は導入できるのか」
- 「清算期間を1か月にすべきか3か月にすべきか迷っている」
- 「就業規則や労使協定の具体的な文言が分からない」
- 「すでに導入しているが、残業代の計算が正しいか不安」
このようなお悩みがあれば、労務管理に詳しい社会保険労務士・中小企業診断士などの専門家に相談することで、制度設計から就業規則の整備、運用のチェックまでトータルにサポートを受けることができます。
自社に合ったフレックスタイム制度を整えたい方は、ぜひ一度専門家へお問い合わせください。
制度を「形だけ」で終わらせず、採用力・生産性・働きやすさを高める実践的な仕組みづくりをご一緒に進めていきましょう。
[監修:社会保険労務士・中小企業診断士、島田圭輔]
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